PiPi's World 投稿小説
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No918-2008/11/30 15:19
公羽(Akeha)(HI38)
ドアの軋む、酷く不快な音が、室内に満たされる

コツ、コツ、コツ……
革靴の踵が、堅い床に当たって軋むそのリズムには、迷いも躊躇いも、そして遠慮さえも聞き取る事は出来ない

そして、その靴音の主は、真っ白な介護ベッドに埋もれるようにして横たわる、小さな女性に近付いた所で、その打音を止めた窓辺から漏れ入る日の明かりに照らされた、少女の愛らしい唇は、規則的な寝息を立てている

そして、動が静へと入れ替わる

それまでとはうって変わり、靴音の主はその様子を暫くの間、じっと身じろぎもせず、魅入る
呼吸する事さえ忘れたかの様な佇まいは、まるで静かな場所で初めて映える、彫像のよう


「いるか」
やがて薄い唇から漏れた言葉は、自然と少女の名を呼んでいた
「いるか、どうすればお前を、終わらない悪夢から解き放つ事が、出来るってんだよ
俺は何をやればいい 応えろよ」

無意識の内に、女性の頬に触れようとしていた事に気付いた男は、その左手から力を抜く
「応えて、くれ」
その拳は掌の皮が破れ、幾つかの血玉を作る程、固く握り締められた


「握り締められた」で
No917-2008/11/29 03:43
隣人(SH33)
「駐車場? どこの?」
吐く息は白い。鋼玉の宮殿に充満した煙草臭い空気から抜け出すと雲一つない空が広がる。巨大な音がガラスのドアに吸い込まれ、辺りには光だけが挑発的にバラ撒かれている。
「わかった、すぐ行く」
暗いはずの駐車場は刺激的な光で照らされている。
ジャリジャリとアスファルトのカケラが踏まれ、湿気が肌を蝕む。
電話の男は車のドアを開けた。
額をハンドルへ乗せる。
「なんで、こうなったんだ……」
後部座席から小さな寝息が聞こえる。
暗いはずの車内は刺激的な光で照らされている。

NEXT「ドア」
No916-2008/11/22 03:04
氷(PC)
「コインだな」
「コインですね」
「コイン以外に何者でもないわね」
俺たち三人は目の前に落ちているコインを見つめる。
全く見覚えないコイン。
ゲーセンのコインじゃない。
パチンコのコインでもない。
駐車場とかのコインでもない。
「一体なんのコインだ?」
表に描かれてるのは変な模様。
後ろに書かれているのはまた変な模様。
文字も掘り込まれてるが、全く読めない文字。
「通貨かな?」
「子供の玩具じゃない?」
「機械の部品だったりして、ほらCPUとか」
三者三様、まったく違う答えを言う。
俺は親指にコインを乗せて空へと弾く。
「とりあえず、俺らにとっては『コイン』だな」

次の御題は『駐車場』で。
No915-2008/11/21 19:07
フロムポスト(CA38)
さよならと言わなかったのは、それが永遠の別れの挨拶であるように思えたからだ。
ぼく達はどうせまた出会う。
多分、この場所がこの場所であったと見ても分からなくなる位の時を隔てて。
または、この世界すら超えたどこかで。
一つ気になるのは、ぼくと君の役割が、何故いつまでも変わらないのかだ。
別れを告げ、ここから発つのはいつも君で、そしてそれを見届けるのは必ずぼくだ。
何億年も経っても、幾つもの世界を隔てても、それだけは何故か変わらない。
ただ、こうなる事は君に出会った瞬間に分かっていた。
だってもう何万回も繰り返してきた事だ。
ぼくがどんな生物に生まれ変わっても、必ず君はぼくの傍に存在し、そしてしばらく経った後、自殺する。
「じゃあ、またね」
彼女だった物を一瞥し、ぼくはその場を立ち去った。
それは何処までも、彼女が望んだ事だ。
ただ、この何万回の内、ぼくがしていない事が二つある。
ぼくらがもう何万回も出会っている事を伝えていない事と、ぼくが君を好いている事を伝えていない事。
この次はどちらか一方を伝えてみるのも悪くない。
どちらにするか決めかね、ぼくはポケットからコインを取り出した。
表か裏かで、どちらかに決めよう。

「コイン」で。
No914-2008/11/21 18:31
たう(911SH)
残像だけ。

あなたの表情、仕草、私に差し延べた手、綺麗な笑顔。

あなたの残像。

居なくなったあなたを想い続ける愚かな私には、残像のあなたに縋るしかないのに。

あなたが薄れてしまいます。あなたを忘れてしまいます。

愛しているのに。

消えてゆく。


ごめんなさい、

――――さよなら。



『さよなら』でお願いします。
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