猫探偵吾輩 1
吾輩は猫である。名前が『吾輩』である。
こんな書き出しだと近々千円札からリストラになる某大先生のパクリではないかと言われそうだがそれは違う。
吾輩は名前もなく、凡庸でビールに口を付けて水甕に落ちる奴と一緒にされたくはない。
吾輩には立派ではないが『吾輩』という名前があるし、日がな一日寝てばかりいる暇もない。仕事があるのだ。
凡人は猫の職業なんてモデルぐらいしか思い付かないかもしれないが、猫社会には様々な職に就くものがたくさんいる。ヤクザだっているくらいだ。
話はそれたが、吾輩の職は探偵である。近所のミミには便利屋などと言われるが、れっきとした探偵業だ。
探偵と言っても猫同士の仕事は余りやらない。たとえ依頼をこなしても報酬がサンマの骨一匹などでは骨が折れるだけだ。
吾輩がこなす仕事は人間の事件である。
「おい吾輩、メシだぞ」
……吾輩のことを偉そうに「おい」などと呼ぶこの人間は、名を近藤次郎という吾輩の同居人である。丸っこい顔つきで不細工ではないが、かなしいかな胴長短足で身長が165センチしか無いので33歳になった今でも独身である。
本人は自分が主人だと思ってるらしいが、実際には吾輩の助手である。が、吾輩の喉が人語を発音できないのをいいことに、手柄をいつも自分のものにしてしまう。
彼がキャリアでもないのに33歳にして警視庁捜査一課の警部補になれたのは、一重に吾輩の手柄をかっさらって来たからだ。
「さぁて、出かけるか。吾輩、留守番頼むな」
我輩のような猫に留守番を頼まねばならんような生活は、いい加減に止めたがいいと思うのだが。彼はドアから外に出て、がちゃりと鍵をかける。防犯のため、そして吾輩を外に出さないため。
甘いのである。この家の床板がはずれることを知っているのは、世界広しといえども吾輩だけであろう。
吾輩は自慢のつめでちょいと床板を引っ掛け、体が通るほどの隙間を空けた。そしてそのわずかな隙間から、するりと抜け出し、床下をくぐり、外に出た。築何年たっているかも分からないぼろ家を買った、彼の落ち度である。
吾輩が家を抜け出していく先は、いつもの小さな空き地である。日当たり良好、無粋な人間も近寄らぬ、猫仲間の溜まり場である。