欲望に翻弄される花びらたち 1
アイドルグループ・桜坂39。
先日デビュー1周年のライブイベントを大成功させ、グループ、メンバー個人の人気も急上昇中の彼女たち。
その新曲は高原のリゾートを舞台にしたMVを撮影するはず、だった。
『台風14号は紀伊半島の南海上を時速15kmの速さで北東方向に進んでいます。今後、進路に当たると予想される地域では現在以上の大雨、強風、高波が警戒され…』
「参ったわね」
「私たちがいるホテルは高台で、何とかなるだろうけど、スタッフさんたちが…」
「これじゃMV撮影できないよね」
ホテルの一室に中心メンバーが集まり、今後の雲行きを憂慮する彼女たち。
雨粒が窓を絶えず叩きつけ、風でその窓がカタカタと揺れる。
「台風が近づくのはこれから、明日はどうなるのかな…」
グループのセンターである前田千恵が呟く。
「せっかく1周年ライブも成功したのに…」
同じくため息をつくのは人気メンバーの山本夕華。
どんよりした空気が彼女たちを包む。
『次のニュースです。先月拘置所から脱走した連続婦女暴行事件の容疑者が、黒井沢町付近で数回目撃されていたという情報が―』
窓にたたきつけられる雨が強まる。
「えっ」
「何それ怖い」
「黒井沢町って…いま私たちがいるところじゃ…」
メンバーのうちの、中学生から高校生くらいの数人が報じられたニュースを聞き、不安におびえた表情を浮かべる。
「みんな落ち着いて。こんな天気の中じゃきっとそいつもおとなしくしてると思う…それに、このホテルはセキュリティもしっかりしてるはずだから、大丈夫よ」
グループ最年長の近藤眞衣が冷静に、妹同然の年下メンバーたちを落ち着かせる。
その頃、台風の中を必死で逃げている男の姿があった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。せっかく脱走できたのにニュースや張り紙で外出できないが台風が来てくれたお陰で今は安心だな。しかし、時間の問題だな」
パトロール中のパトカーのサイレンが聞こえてくると男は建物の陰に隠れた。
「どこか一休みできそうな場所は。」
男は大きい建物を見つけた。
「あれはホテルか。ちょうどいいあそこに隠れよう。」
男はパトカーがいなくなったことを確認してからホテルに向かって走り出した。