女嫌いが女になったら 52
ここで一つ確認をしておこう。
俺や伸一郎が女になった際、周りの人物の記憶は、俺達が始めから女として生きて来たという認識しかない(小百合達を除く)。
要するに、記憶の操作の必要はないのだ。
しかし、それ以外はそのままで、戸籍やら書類やらは男の時のままなのだ。
そこは伸一郎のおかげで何とかなったから良かったものの、ジジィのフォローの甘さには、ほとほと呆れるばかりだ。
『数世?』
物思いに耽る俺に、衛が心配して話し掛けてくる。俺は目をぱっちり開いて答えた。
『何でもないよっ。』
すると衛はくすりと笑い、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
このやり取りは、数世と衛が男だった時に行われていた、一種のコミュニケーションである。
男の時は身長差が20pほどあったため、数矢が撫でていたが、今では丸っきり逆になり、衛が数世を撫でている。
『それ久々に見たー。』
『ホントね。』
弘美と小百合が、懐かしそうに二人を眺める。
伸一郎が衛となった事で、二人の友情は昔の姿を取り戻したのだ。
そして変わった事がまた一つ。先程のような周りの視線である。
『何か憂鬱だな・・・。』
別にこんな視線はいつもの事である。が、何だか別の視線を感じたのだ。
萌えプリンスでも、つよポンでも、由香でもない。また別の視線である。
『・・・数世。』
青いゴミバケツ。その声はその中から聞こえた。声の主は、数世と同じく坂崎高校の生徒である。
その生徒は稲葉葵(いなばあおい)。生徒会所属の三年男子。
彼もまた、数世に恋い焦がれ、思いを寄せる一人なのである。
しかし数世は何故バケツの中の彼に気付いたのか?
理由は簡単、バケツに脚は生えていない。無論彼は気付かない。間抜けなのである。
『今日も綺麗だぜ・・・数世。しっかし、周りの女も皆上玉だな。』
開いた蓋の微妙な隙間から、話題のカルテットを観察する。
端から見れば何かの撮影か、異常者の二択しか取られない。
『ふっ。でも俺にはお前だけさっ。』
などと妄想を膨らませながら、カルテットに接近していくゴミバケツ。と、その時。
『おわぁ!?』
突如視界が回転する。誰かに蹴飛ばされたのだ。転がるゴミバケツ。
『痛ぇっ!?・・・はっ!?』
ゴミバケツから出てきた彼に、怪訝の目が向けられる。
・・・視線が痛いぜ(笑)
中から出て来たのは、黒髪の短髪が印象的な、男らしい顔立ちの少年だった。
身長は170くらいだろうか、学ランや髪はゴミで少し汚れている。
そんな彼、稲葉葵は、周囲から白い目で見られ、道路の真ん中で小さくなってしまっている。
『くっそー・・・。こんな事で俺はくじけないぜ!絶っ対に和菜を、じゃなかった、数世をモノにしたるぜ!うおー!!』
道路真ん中で決意表明する葵。周囲はドン引きである。
そんな愛すべき彼は気付いていなかった。
彼(バケツ)を蹴飛ばした中国人コンビが、カルテットに接近して行く事を。