異端児カラス-1
人生にも、リセットボタンがあればいいのに――。
新しい人生をそこからやり直したいと思った時、不都合な過去をキレイさっぱり消してしまえるリセットボタン。
それが今、この手の中にあるならば、私は迷わず押すだろう――――。
放課後の文芸部の部室。
部活がない日は、この小さな窓から見渡せるグラウンドが、いつもより少し広くなったように見える。
灼熱の太陽に照り付けられてカラカラになった大地が渇きを癒そうとしているのか、灰色の雨雲が上空に急激に拡がりはじめていた。
夕立になるのかもしれない。
この部室で一人になるのは久しぶりだ。
気がつけば私のそばにはいつもヤナかヤマトがいて、いつしかそれが当たり前になっていた。
でも今は……誰もいない。
太陽が雲に隠れてしまうと、見慣れたはずの景色が妙に寒々しく感じた。
グラウンドに映し出された雲のシルエットが、スピードをあげながらどんどん流れていく。
私はポケットからケータイを取り出して、ゆっくりとした動作でそれを開いた。
HRの時間からずっと握りしめていたせいで、心なしか表面がじっとりと汗ばんでいる。
昨日の夜遅くまでかかって何回も何回も打ち直して、やっと書き上げた一通の短いメール。
このメールの送信ボタンが、私にとってのリセットボタンということになるのだろうか。
とはいえ―――このリセットボタンは、私が本当に消したいものは何ひとつ消してはくれないけれど―――。
叔父との忌まわしい過去。
金銭的な弱みにつけこまれて強制的に抱かれていたとはいえ、私は結果的にそれを最後まで拒み続けられなかった。
「これくらいのことでお母さんを少しでも助けられるなら、私が我慢すればいい―――」
最初にそう思ってしまったのはいつだっただろうか。
その行為に破瓜の痛みがほとんど伴わなくなったころ、私はそれが自分に与えられた義務であるかのように、叔父とのセックスという「作業」を黙々とこなすようになっていた。
そしておぞましいことに私の肉体は、嫌悪感と背徳感に苛まれながら受ける凌辱に、だんだん浅ましいケダモノのような反応を見せるようになっていたのだ。
「最近のガキはませてんなぁ……こんなに濡らしやがって……」
アルコール臭い息で屈辱的な言葉を耳元に吐きかけられるたび、私の心はずたずたに引き裂かれる。