真実-1
「……ドジ」
俺の顔を見るなりヤナは言った。
職員室での用事を超特急で始末して文芸部の部室に戻ったのだが、そこに相原の姿はなかった。
さっきまで相原がいた場所には、ヤナが冷ややかな表情で座っている。
「相原は帰ったよ」
「……帰った?」
一瞬その言葉の意味がわからずぽかんとしていると、ヤナは呆れたようにため息をつきながら俺のケータイを投げてよこした。
「女の匂いがぷんぷんしてる」
―――原因はこれか―――
さっき相原に追求された時に、慌てて鞄に突っ込んだままうっかり忘れていたのだ。
俺は自分の迂闊さにイラついて舌打ちした。
ケータイに染み付いていた雪乃の香水は、一晩たってほとんど消えたと思っていたのだが、単に俺の鼻が嗅覚疲労をおこしていただけだったらしい。
自分でもヤバいかもしれないとは思っていたけれど、モノがモノだけに洗剤でゴシゴシ洗うわけにもいかず、ひたすら匂いが薄くなるのを待つしかなかったのだ。
おそらくそれも計算した上での雪乃の策略なのだろう。
俺の周辺に確実に自分の痕跡を残し、相原に対して己の存在を強烈にアピールできる周到なやり方。
―――いかにも「雪乃らしい」と思う。
「――で、『姫』とヤったの?」
ヤナが唐突に言った。
「――あほか……ヤるわけないやろ」
あまりにバカバカしい質問に、今度は俺のほうがため息をつきたくなったが―――。
実際、昨日俺は雪乃と会っていた。
指定されたファミレスの扉を押すと、喫煙席でこれみよがしにミニスカートの長い足を組み、気取ってタバコをふかす雪乃の姿が見えた。
半年前の俺は、こういうわかりやすい女が好きだった。ちょっとプライドをくすぐってやれば簡単にセックスさせてくれるキレイな女。
だが今は、いくら美人とはいえあんな安っぽい女と待ち合わせをしていると思われること自体が恥ずかしい。一刻も早く用件を済ませて帰りたいと切実に思う。
「これ。私のバッグにまぎれてたみたいなの」
俺が席につくと、雪乃は自分のバッグから俺のケータイを取り出しながら白々しく言った。
『やっぱり―――』
花火大会のあと、ケータイがないと気付いた時点で、俺はすぐに雪乃の仕業だと気付いていた。
過去にも同じことを何度もされている。
この学校に転校し、陸上部に入部してすぐ、俺は雪乃と付き合い始めた。
雪乃は学校内ではルックスが飛び抜けてよかったし、こういうみんなにちやほやされている「姫」とつきあうことで、新しい学校での俺自身の居場所が作りやすくなると思ったのだ。
あの頃の俺は、打算に満ちたほんまに最低の男やった……。
だが現金なもので、一通りの手順を楽しんで、ヤることをヤってしまった途端、俺の雪乃への興味は一気に冷めてしまった。
綺麗なだけの女の子なら、学校の外にもいくらでもいる。
なにより、わがままで傲慢な雪乃の性格に俺は嫌気がさしたのだ。
付き合いだして一ヶ月足らずであっさり別れを切り出した俺に、雪乃は激怒した。
『今まで私に夢中にならなかった男なんていないのよ。あんた何様のつもり?』
おそらく雪乃にとって俺は、生まれて初めての「自分の思い通りにならなかった男」だったのだ。
転校してきたばかりの、しかも俺みたいな年下の男にあっさり捨てられ、雪乃のプライドは、かつてない程踏みにじられたに違いない。