花火-4
「おいで」
ヤナに手を引かれてゆっくり扉をくぐると、そこには小さいながらもなかなかの夜景が広がっていた。
「……わ……すごい」
自分が長年住んでいる建物の上に、こんな非日常的な空間があったなんて不思議な気分だ。
「ほら」
ヤナが指さすほうを見ると、遠く離れた空に、花火があがっているのが小さく見えた。
「……あ……」
「花火大会ならここでも見られるだろ」
ヤナと私は、花火がよく見えるフェンスのそばのコンクリートブロックに、並んで腰を下ろした。
離れて見る花火は思ったよりずいぶん小さくて、あんな小さな光を見るために何万人もの人があそこに集まっていると思うとなんだか滑稽な気がした。
あの光の下に、ヤマトはいるんだ。部活の仲間に囲まれて――。
―――あれ?そういえば……。
「ヤナも陸上部……だよね」
「そうだよ」
「――さっきの先輩達から、ヤナにも電話かかってくるんじゃない?」
「……かもね。だからこういうめんどくさい日は電源を切ってる」
ヤナはジーパンのポケットからケータイを取り出して、真っ暗な画面を私に見せた。
何故だか胸がきゅうっと切ない音をたてる。
私が付き合っているのが、もしヤナだったら……今日こんなに悲しい思いはしなくてすんだのかな……。
……って、私何バカなこと考えてるんだろう。
「ヤナさぁ……雪乃さんて……知ってる?」
私はどうしても「あのひと」とヤマトのことが気になっていた。
ヤナは一瞬沈黙したけれど、私の質問で今日起きた出来事を全て悟ったようだった。
「そっか……今日来てたのか…」
「……あのひとも陸上部だったの?」
「……ああ……『姫』はマネージャーだったんだ」
「姫」―――。
陸上部で雪乃はそう呼ばれていたのだろう。クラブの中で雪乃がどういう存在だったか、その呼び名だけで十分想像できる。
キレイで、優雅で、みんなが憧れるお姫様。
そしてヤマトはそのお姫様を呼び捨てにできる後輩。
この陳腐なクイズはヒントが多すぎて、答え合わせの必要なんかない。
聞かなくてもわかってる。
胸がたまらなく苦しい。
それでも私は確かめずにはいられなかった。
「……ヤマトと雪乃さんて……付き合ってたの……?」
―――恐ろしく長い沈黙。
「………そういやそんな時も……あった……かなぁ……確か一ヶ月もたなかったと思うけど……」
おそらくそれは、ヤナなりに一生懸命選んでくれた言葉だったのだろう。
「……まだ好きなのかな……」
「……さあね。でも、もしそうなら一ヶ月で別れないんじゃない?」
ヤナは軽い調子で言うと、コンビニの袋に入っていたペットボトルのジュースを、一本私に渡してくれた。
「……そうかな……」
なんとなく腑に落ちなかった。
雪乃の敵意のこもった微笑みと、ヤマトのうろたえた顔が頭から離れない。
ヤマトと雪乃なら誰が見ても釣り合う似合いのカップルだっただろうと思う。
嫌だと思いながらも二人が絡みあう姿までありありと思い浮かんでしまう。
ひょっとしたら今頃二人きりであの花火を見ているかもしれない―――。
花火大会はフィナーレを迎えているらしく、ひときわ華やかなスターマインが、周りの景色を極彩色に染めているのが遠くからでもよく見えた。