花火-1
――ドンッ――
お腹に響く大きな音に驚いて顔を上げると、向こう岸の空高く、最初の花火がパアッと開いたところだった。
―――キレイ―――
素直にそう思った。
土手を吹き渡る風は思ったより涼やかで、地面からじわじわ立ちのぼる昼間の太陽熱を次々と川下へかっさらっていく。
こんなふうに土手に座って、間近で花火を眺めるのは久しぶりのことだ。
いつの頃からか、私は人込みがキライになった―――。
それ以来、花火大会なんて行きたいと思ったことは一度もない。
今日はヤマトに半ば強引に誘われて来たのだけれど―――。
にぎやかな雰囲気の中、いつになく浮足立った気分になっている自分に、私は軽い戸惑いを感じていた。
ヤマトに「絶対着てきてや!」とせがまれ、母に借りて何年ぶりかに袖を通したゆかたのせいもあるかもしれない。
非日常的な服装。
非日常的な風景。
息がつまりそうな平凡な毎日からのささやかな脱却。
今まで人が群れる場所は避けて通ってきたけれど、こういうイベントを素直に楽しむということは、実は私にとっていいストレス解消になるのかもしれない。
―――いや。そんな小難しい理屈じゃなくて――――。
柄にもなく私がウキウキしているのは――単純に「ヤマトが横にいるから」……なのだろう。
「――相原」
私の隣に座ってじっと花火を見ていたヤマトが、急にこちらを向いた。
前髪が風に揺れる度に少し眼を細めるヤマトのクセ。
その時の寂しげな眼差しが私はずっと前から好きだった。
今その瞳が私だけを見ている。
歩いている時よりずいぶん顔の位置が近くて、胸がキュンとなった。
「……なに?」
「来てよかったやろ?」
「……うん」
「これから……毎年一緒に花火見よな」
極上の笑顔で優しく肩を抱き寄せられ、なんだか照れ臭くなってうつむこうとすると、顎を指先でクイッと引き上げられた。
「……ダメ…人が見てるよ」
「……ええやん。暗いから見えへんよ……」
ヤマトは私に身体を重ねるようにして唇を近づけてきた。
外で、しかもこんなに人のいる場所でキスするのは始めてで、すごくドキドキする。
少しミントの香りのする吐息。
唇がもう少しで触れそうになってそっと眼を閉じた瞬間―――
ヤマトのケータイが鳴りだした。
周りの見物客の視線が一斉にこちらに集まり、私たちは慌てて身体を離した。
「ゴメン」
ヤマトはばつが悪そうな顔でケータイを取り出す。
「――も、もしもし?」
今日は地元で一番の大きな夏祭りということもあって、人気者のヤマトのケータイにはさっきから誘いの電話がひっきりなしにかかってきている。
彼がそのたびにゴメンを連発して謝るので、なんだか申し訳ないような気がしてしまう。
「……おん…わかったで。また今度誘てや。ほんまゴメンな。――ほなな」
今日だけで十数回目の「ゴメン」。
こういう時、改めてヤマトの顔の広さに驚く。
浅く広い友達関係なんて面倒なだけだと思ってしまう私には理解できない世界だが、ヤマトはなんだかんだ言いながらも、こういう友達を決して切ろうとはしない。
「こういう時に声掛けてくれる友達を大事にしとかなあかん!」……のだそうだ。
ケータイの電源も切らずに、次々にかかってくる電話にいちいち律義に対応しているヤマトを見ると、「私とヤマトとは全然違うな……」と実感する。
「相原ゴメンな」
電話で謝ったのと同じ数だけ私にも謝っているヤマト。
「私には謝らなくていいよ」と言おうとした時、不意に後ろから声をかけられた。
「彰吾?……やっぱり彰吾だ!」
「……ショウゴ……?」
ヤマトを「苗字」ではなく、「名前」で呼ぶ艶やかな声。
なんとなく嫌な予感を抱きながら振り向いた私は、その女性を見た瞬間、思わずハッと息をのんだ。
「フラミンゴの女王様」という言葉が頭に浮かんだ。
アップにまとめあげたキレイな栗色の髪。
計算しつくされたような完璧なメイクは、まるで雑誌からそのまま出て来たモデルみたいに見えた。
鮮やかな色彩のゆかたが目にもまぶしくて、人込みの中でそこだけパッと明るい光があたっているように見える。
お母さんに借りた地味なゆかたを着ている自分が、なんだか急にみすぼらしく惨めに感じた。