烏の雌雄-4
「……相原の前の男?」
「………違う……そんなんじゃ……ない……」
弱々しく否定したが、語尾が震えてしまう。
「――なぁ相原――」
「……ほっといてよ」
「――相原」
「……ほっといて……」
「ほっとけないだろ!!」
ドキリとするほど大きな声で怒鳴りつけられ、私は言葉を失った。
「………ほっとけねぇんだよ」
涙が不意に溢れそうになり、私は薄暗い玄関に座りこんだままうつむいた。
何か声を出したら変なことを口走ってしまいそうな気がする。
本当はずっと誰かに聞いてほしかった。
私の苦しみを誰かに気付いてほしかった。
独りで抱えるにはその闇は重すぎて―――。
その時、ごく自然にヤナの腕が私の肩をそっと抱き寄せてきた。
不思議と嫌な感じはしなかった。
ひんやりとしたヤナの手の感触が心地いい。
私はされるがまま、ヤナの肩に頭を預けた。
ヤナの身体は何故か懐かしい匂いがした。
まるで父親か兄のような―――
いやむしろ、「自分の分身」に寄り添っているような不思議な感覚に包まれていた。
「……あのひと……叔父なの」
自分でも不思議なくらい、私は素直な気持ちになっていた。
「……オジ……?」
言葉の意味を噛み締めるようにヤナがゆっくりと反芻する。
玄関に散乱するパンや牛乳パック。
私たちはゴミ捨て場に降り立った二羽のカラスのように、冷たい床に肩を寄せ合って座っている。
「お父さんが死んでから……お母さん……あのひとに……私の学費を援助して貰ってたらしいの………でも私……全然知らなくて……」
私は何を話してるんだろう。
一生誰にも言うまいと決めていた心の傷を、それほど親しくもないヤナに自ら曝そうとしている。
ヤナは私の肩を抱いたまま、静かに話を聞いている。
「……中3の時にあいつに言われたの……『自分の学費なんだから……母親にもそろそろ楽させてやれ』って……」
男性経験のまだなかった中3の私にとって、叔父から聞かされた事実はあまりにショッキングだった。
自分がどうすべきなのか正しい判断さえできずに、私はその日叔父のいいなりになってしまったのだ。
何をされるかもよくわからないまま床に身体を押し付けられ、着ているものを一枚づつ脱がされていく恐怖感。
昨日までは優しく大好きだった叔父のケダモノのような目つき。
身体中を舐めまわされいじりまわされて、私は羞恥と嫌悪感のあまり最後は失神してしまった。
過呼吸の発作が始まったのもこのころからだった。