烏の雌雄-2
「――ヤマ……」
勢いよく開けた扉の向こうに立っていたのは「あの男」だった。
「―――!!」
―――しまった―――
そう思った時にはもう遅かった。
とっさにドアを閉めようとするが、男の革靴が扉を押さえつけていて閉めることができない。
「博美ちゃん。久しぶり」
その男は言った。
両腕を捕まれ、開いたままの扉に身体を押し付けられる。
成金趣味のスーツから漂うきついタバコの匂い。
それに酒くさい息と、中年オヤジの体臭が混じりあって、私は吐きそうになった。
「お母さん夜勤?一人で留守番淋しいだろ?」
ニヤニヤ笑いながら無遠慮に胸をじろじろ見られ、全身に悪寒が走る。
「帰ってください!」
「ちょっと部屋に入れてよ」
「帰って!!」
泣き叫ぶといきなり胸をわしづかみにされた。
「最近入れてくれないじゃん?男でも出来た?」
「――イャアッ!!」
下着をつけていない胸に気色の悪い指の感触が伝わってくる。
全身に鳥肌が立ち、おぞましい記憶が身体中に蘇ってきた。
恐怖で身体が硬直し、激しい耳鳴りが襲ってくる。
「イヤ……イヤァッ……!」
「お母さんよりやっぱり博美ちゃんのほうが若いから触り心地がいいんだよなぁ」
男の手がキャミソールをまくりあげて直接乳房をまさぐりはじめたが、私は抵抗することができないほどのパニックに陥ってしまっていた。
緊張と強引な刺激で硬くなった乳首を、男の汗ばんだ指先が容赦なく捻りあげる。
キャミソールは完全に胸の上までたくし上げられ、剥き出しになった乳房が外気にさらされるのがわかった。
ヤマトに抱かれたばかりの身体が汚されてしまう―――その恐怖感で頭が真っ白になった。
呼吸が自分の意思と無関係に加速度的に速くなり、視界にフィルターがかかったように景色がぼやけていく。
鼓動が頭の中で早鐘のようにガンガンなって、真っ直ぐに立っていられなくなった。
男の手がスウェットパンツの上から乱暴に私の股間をこね回しはじめる。
ヤマトとのセックスの余韻で十分すぎるほど濡れていた私の陰部は、嫌悪すべき男の不埒な行為に情けなくも新たな反応を示していた。
「……あれぇ?濡れてんじゃん。――俺のが欲しくて自分で慰めてたんじゃねぇの?」
「……イ…イヤ……ちが……」
もはやまともな抵抗の言葉さえ口にできない。
ハッハッハッハッ……という自分の異常な速さの呼吸音が耳の中で響き渡っている。
苦しい――ちゃんと呼吸ができない―――助けて………!
「――オッサン。その手離せ」
不意にすぐ近くで聞き覚えのある低い声がしたのを最後に、私は意識を失った。
気がつくと、私は自分の家の玄関の中に倒れていた。
扉には内鍵とチェーンがかけられている。
『あの男』の姿はもうない。
私の上半身を抱きかかえ、心配そうに顔を覗きこんでいるのは――
「………ヤナ………」