塒(ねぐら)-1
時計は夜9時をまわっていた。
明日から中間試験だっていうのに、机の上に広げた参考書はさっきから何回読み返しても全く頭に入ってこない。
「――あかん。集中できひん」
相原のことが頭から離れない。
『恋愛なんて誰としても同じ』
正直、俺はそう思っていた。
俺の周りには、気がつけばいつでもたくさんの女の子たちがいた。
どのコもみんな同じように可愛らしくて、綺麗で、きらきらしていて――――甘ったるい。
俺は自動販売機でジュースを買うように、華やかなパッケージで飾り立てられた女の子たちの中から、適当に一人を選び出す。
パッケージをひん剥いたら結局中身はどれも同じで、飲み干してしまえばそれがどんな味だったかなんてすぐ忘れてしまう。
一瞬の渇きは癒えても心が満たされることはない。
長い間ずっと、俺はそんなお手軽な『恋愛ごっこ』しかしてこなかった。
だが今は違う。
切実に、全身で、俺は相原ただ一人を渇望している。
『――相原に会いたい――』
そう思い始めたら、俺はガキみたいにじっとしていられなくなって、気がつけばケータイをひっつかんで立ち上がっていた。
リビングでは弟と親父が呑気にプロ野球中継を見ている。
俺はダイニングで週刊誌の韓流特集を読みながら煎餅をかじっているオカンに声をかけた。
オカンは煎餅をバリバリいわせながら
「気ぃつけて行きや」
とだけ言うと、すぐさま韓流ドラマの世界に戻ってしまった。
男所帯の我が家は、夜の外出や外泊について とやかく言われることがほとんどない。
たまにオカンに『女の子泣かすようなことだけはしたらあかんで』と釘をさされることはあるけれど、基本的に両親は俺のことを信頼してくれている。
その信頼に100%こたえているかどうかはわからないが、俺は童貞を卒業してから、とりあえずゴムだけは律義に持ち歩いている。
俺は自転車にまたがって、相原の家があるマンションへと向かった。
相原に会えると思うだけでやたらとソワソワしてしまう。
俺、ほんまに何してんねやろ。
マンションの駐車場から相原に電話をかける。
じりじりするようなの呼出し音のあと、相原の声がした。
『……もしもし?』
「あ、相原?俺!」
『………何?』
いつも通り冷静な相原の声。
『用がないなら切る』と言わんばかりの冷めたトーン。
今まで女にこんな態度をとられたことがない俺は調子が狂う。
「……いや、あのー。俺……実は今、下におんねん………」
『……下?……なんで?』
「いや……ちょっと近くまで来たから………その………顔……見に来てん……」
言ったあとから顔が熱くなった。
うわ。なんやろ。この感じ。
変な汗でてきたやんけ。