仮面-4
「俺―――部活いくね。『親友の』ヤマトが待ってるから」
明らかに衝立越しの私を意識している。
私は布団にくるまってただ息を殺すことしか出来なかった。
「……亮……待ってよ……」
私と二人きりになるのがさすがに気まずいのか、小泉がバタバタとヤナの後を追う。
ピシャリと扉が閉まると、保健室はたった今起きた出来事が嘘のように静かになった。
ヤナがあんな男だったなんて知らなかった。
私はベッドに横になったまま、ついさっきヤナにつかまれた手首を見た。痣はヤナの指の形どおりに薄く紫色になっている。
白い肌に刻印されたその印が、ひどく淫靡なものに思えて私は軽く身震いした。
―――――――――――――
一時間近く横になっていただろうか。
薬が効いたのか痛みは治まっている。
小泉が戻ってくる気配がないから、私は勝手に保健室を出ることにした。
……というよりも、私がいる限り戻って来づらいということかもしれないが。
授業はとっくに終わっている。
私はそのまま文芸部の部室へと向かった。
ざわざわしている不快感を抱えたまま帰りたくない。
少しの時間でもいいから別のことに集中して、冷静な自分を取り戻したかった。
学校の中で私が一番落ち着く場所。
唯一私が深呼吸できるその場所へ。
カチャリとノブを回すと、誰もいないはずのドアの奥に微かに人の気配を感じた。
ヤマト―――?
遠慮がちに覗き込むと、部屋の一番奥の長椅子に寛いだ様子で「その男」が座っていた。
「……ヤナ……」
一瞬にして全身が総毛立つ。
私の頭の中の危険を感知するセンサーが、大きく右に振り切れた。
「……な…何やってるの……」
「何って……本を読んでる」
無表情のまま平然と答えるヤナの手には、一冊の本が広げられている。
「メメント・モリ」
私が一番大切にしている本だった。
部室で読んでいた時にうっかり置き忘れてしまったのかもしれない。
「……私に……何か用?」
私は開け放ったドアの敷居の上に突っ立ったまま、用心深く聞いた。。
「いや。――ヤマトに頼まれたんだけど――」
「……ヤマトに?」
「文芸部の機関誌の編集手伝ってやってくれって。なんかあいつ今忙しいんだってさ」
唖然とする私を無視してヤナは表情を動かさずに事もなげに答える。
ヤマトに悪気がないのはよくわかる。
困っている私をなんとかしてやりたいという一心で、信頼しているヤナに頼んでくれたのだろう。
だが今はその的外れな優しさが私を苛立たせていた。
「俺の入部申請はヤマトが出しといてくれるってさ」
変に手回しがいいのがまた腹が立つ。
「別に手伝ってなんかいらないよ。……それにその本……私のだから返して」
ヤナが持っているだけで大切な本までがどんどんけがれていきそうな気がして、私はヤナからそれを奪い返そうと手を伸ばした。
その瞬間を狙いすましたように腕をつかまれ、身体を強く引き寄せられる。
それと同時に窓からつよい風が吹きこみ、背後のドアが大きな音をたてて勢いよくしまった。