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彼岸の空
【家族 その他小説】

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彼岸の空-3




3月20日。



今日は会社の年度の締日になるため、システム管理課は山のような書類と膨大なデータ入力に追われていっぱいいっぱいになっていた。


しかも3人しかいない女子社員のうち、1人が午後から急に体調を崩してしまい、残業が出来ないという。



それでもその子が『早退せずに定時までは頑張ります。』と言ってくれたからまだ少しは救われた。


とにかく3人いるうちに出来るだけ作業をこなさなければ今日は帰れなくなりそうだ。


私たちは時計をチラチラと気にしながら必死で入力作業を続けていた。




「すみません……ちょっとトイレに行ってきます……」


3時をまわった頃、体調を崩している子が具合悪そうに席を立った。


『よほどつらいのかな……』



心配しながら見送ったが、十分以上たってもなかなかトイレから戻ってこない。



状態によっては早退させたほうがいいかもしれないと思い、私は席を立ちトイレに向かった。



トイレに向かう途中、給湯室の前を通り過ぎようとして私はハッと足を止めた。


トイレにたったはずの女の子の声が給湯室から聞こえてきた。


「……でも定時にはあがらせてもらうように言ってあるから大丈夫よ。」



「ホントに大丈夫なのぉ?」



もう一人の声にも聞き覚えがあった。確か隣の部署の女の子だ。

「……なんとかするって。今かなりハイペースでやってるから」


「でも明日まで仕事持ち越したら最悪だよ。明日は年度がわりだからまた作業が多いんじゃないの?」



「大丈夫。うちは木下先輩が残業してくれるから。―――あの人彼氏もいなしいヒマだから、絶対最後までやると思うよ」


突然自分の名前が出て私はドキリとした。

「……まあ、あの人真面目そうだもんね。じゃあ、今日はとりあえず6時に現地集合ね」


「わかってる。あたしマジで頑張るから。今日のメンバー医者だもんね」




そこまで聞いて私は慌てて廊下を引き返した。


心配してわざわざ様子を見に来た自分が、馬鹿みたいで腹立たしかった。


パソコンに向かってからも、しばらくは怒りと情けなさで仕事が手につかなかった。


―――――――――――――


3月21日。


けたたましい目覚ましの音にたたき起こされ、私はゆっくりベッドに身を起こした。

床には昨日の夜怒りにまかせて飲んだビールの空き缶が5本転がっていた。



32にもなって男っ気のない独り暮らしを続けていると、女もオバサンというよりオッサンに近づいていくような気がする。



我ながら情けない。



だが、『結婚とはすなわち苦労することだ』という現実を母にまざまざと見せつけられて育った私は、始めから『結婚願望』というものが希薄なのだ。



頭が少しガンガンする――。



私は昨日、結局あの自分勝手な後輩の期待通り、年度末の書類とデータ入力を今日に持ち越さないようにきっちりと全てやり終えて帰った。



後輩にはもちろん腹がたっていた。



だがそれ以上に、やり始めた仕事を途中で投げ出してしまうことのほうが自分自身にとって不愉快なことのように思えたのだ。

あの子たちの言う通り、私は真面目すぎるのかもしれない。



その代わり、私は今日小さな決意をしていた。





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