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目の前の人
【戦争 その他小説】

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目の前の人-1

どれくらいの時間が経ったのだろうか?
時間の感覚が全く無い。俺は一人の男と対峙している。
男は迷彩服に身を包み俺の方をじっと見ている。
手にはナイフ。屈強そうな男だ。
男に疲れの様子は見えないのだが緊張からか肩で息をしている。

これが俺が今見ている風景だ。
そして今俺にとって最大の問題なのが、ここが何処で彼が誰で俺が何者なのか?
俺は記憶喪失なんだろうか?
俺が誰か、どう生きてきたかは思い出そうと思えば思い出せる気がする。
しかし今この男と向かい合ってる緊張感がそれを許さない
震える自分の手に握られているのは男と同じくナイフ
どうやらそれだけは間違い無いようだ。

「提案があるんだが・・」
静寂を破って男が不意に言葉を発した。
俺は答えようとしたが緊張からか上手く口がまわらない。
「提案って・・・?」
やっとのことで言葉が出た。
「俺の提案は簡単だ。俺はお前を殺しても何のメリットも無いしおそらくお前も同じだろう。俺達は二人して武器を置いてこの部屋を出ないか?」
この時初めて俺は部屋に居ることを認識した。
正方形の部屋で扉が二つある。
片方の扉はこちらからは開かないようになっているようだ
出るならばもう一方の扉から二人とも出るしかないようだ。
「いいねその提案。俺も賛成だ」
この男を信用出来るか分からないので注意は必要だがこの提案自体には大賛成だ。
俺は心底この状況が怖かった。
「じゃあお互いゆっくり武器を床に置こう。置いたら自分の足でその武器を踏んでまた立ち上がる。これでいいな?」と男がルールらしきものを提案してきた。
文句無い。それなら安全そうだ。

男がしゃがむ。俺もそれに倣う。
男がナイフを床につける。俺も同じようにする。
「ではナイフを自分で踏め」
俺は注意深く男の動きを見ながら自分のナイフを踏んだ。
「よし、次はお互い同じ歩調であの扉まで行こう」
男も俺も慎重に相手を観察しながらゆっくりと扉まで移動しはじめる
もしも男がナイフの方に走ったらどうするかというシミュレーションは俺の中ではまだ出来ていない。変な動きはするなよと念じながら相手を凝視している。
恐らく相手も同じことを考えているのだろう。
疑り深い眼差しを向けながらも一歩また一歩と扉へと歩みを進める。
もしかするとこの男も俺と同じ種類の人間なのかもしれない。
心底今の状況を恐れているだけの
俺のこれからの行動を予測できずに恐れ
万が一の行動を取られた際の自分の行動を予測できずに恐れている
それだけのただの男。
俺と全く一緒の男。

ついに二人して扉の場所まで到達した。
まだ相手のことを信用したわけではないがお互いどことなく安堵の表情を浮かべているように思える。
不思議な空気が流れ、何か一種の連帯感が生まれたように感じる。
扉を開く為にドアのノブに手を伸ばしたところで相手の手と触れた。
お互い少し笑い合い、譲り合う
この男はやはり俺と同じだ。
自分の身の安全が一番大事なだけで俺を傷つけることは考えてない。
「さあ、この部屋を早くでよう!」
俺はそう言いながら扉を開けた。

そこには同じような作りの正方形の部屋で部屋の片隅にはナイフが二本落ちていた。
一瞬呆然と立ちつくしたが次の瞬間俺は考えるよりも先に動いていた
男も同様だった
お互いナイフを握った
向かい合った
俺の背後では扉の閉まる音が聞こえた
人が走る靴音も聞こえた
しばらくすると靴音が止んだ。
目の前の男も隣の部屋の音を聞いていたようだ
汗が吹き出る
再び緊張感が全身を支配する
この男は決して信用出来ない
俺はこの部屋を出たいだけなのにこの男がそれを許さない

俺はどうすればいいんだ?


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