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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-69

結局、この日も日下部は登校してこなかった。白川にはああ言ったけれど、電話をかける気にはなれなかった。電波の不通はそのまま日下部との距離感を示しているようで、改めてそれを実感するのは嫌だった。
僕はいつもより少しだけ成績のいい通知表を受け取って、友人たちと他愛のない話をしながら帰路に就いた。彼らの顔は夏休みの解放感に早くも嬉々としていたが、僕の心は上の空だった。待ちわびていたはずの夏休みに思いを巡らせてみたところで、財布を持たずに夏祭りの出店を通り過ぎていくような虚しさだけが胸にわだかまるだけだった。
ああ、何だか冴えない気分だな、と僕は思った。空は嫌味なくらいに青く澄み渡っていたが、胸中を彩る色合いもそんな感じ。
突然、出自不明の倦怠感に襲われることは、今までだって何度もあった。所謂、“かったるい”というやつだ。その度に、「かったりぃ」と呟いて溜め息を一つつけば、すぐに乗り越えられるくらいの些細な感傷。思ったことをそのまま口にする、感情の排泄行為。
今の感情に、何と名付けて吐き出せばいいのだろう。
落ち着かない。かったるい。やりきれない。やるせない。居たたまれない。気が滅入る。
どれも正しい気がしたし、どれも間違っている気もした。ただ、どの思いを吐露しようが、そこには他人の声で発声するような違和感が付きまとうに決まっている。“言葉に出来ない想い”とは概ねそういうものだ。

「何だかなあ」

結局、僕は一番素直と思える言葉をぼやいていた。
隣を歩いていた友人が「どうした?」と訊いて、僕はそれに「別に」と応えた。
自分のデータを客観的に分析することの出来ない状況が、こんなにも落ち着かないことだとは思わなかった。
感情の制御システムに重大なエラーが発生している。
日下部沙耶というバランサーがないからだろうか。
正体不明の焦燥感が、真っ白な衣服に付いた原色の染みのように、心に落ちて広がっている。拭おうとしても染みは拡大するばかりで消えることはない。炙るような陽光も、熱を含んだ風も、かしましいセミの歌も、すべて誰かが意図的に仕組んだ嫌がらせのように思えてきた。
撹拌されてばらばらに砕け散った想いの欠片が、まだ幼い夏にしがみつき、自我の在処を主張していた。僕にできることは、耳を塞いでその横を通り過ぎることだけだった。




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