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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-55

「志野くん。さん付けで呼ぶのはもう止めてよね」

原因その二である白川はそう言って僕の腕を肘でつついた。何が楽しいのか、その顔には相変わらずの笑顔が刻まれている。

「あなた――」
「あ、慧でいいよ。沙耶」

さ、沙耶?
下の名前で呼ばれた日下部は、まるで遠い異国の聞きなれない言語で語りかけられたかのように目をぱちぱちさせた。

「――シノ。説明しなさい」

次いで僕に向き直り、冷淡な声で命令してくる。

「説明か。うまくできそうにないな」

四時間目の授業が終わった途端に、白川は半ば拉致するように僕たちを学食に連れてきた。彼女曰く、食事を共にするのは友好関係の構築に最適な手段だということらしい。人を脅しておいて友好も何もないだろう。それより目の前のカレーライスに取りかかりらせてくれないか。こっちだって困惑しているのだ。食わないとやってられない。

「渦を巻いたガスが固まって球体になり、その大地からはトカゲが生まれた。そぞろ歩く彼らが絶滅すると、猿たちが木から下りてきて、穴を掘ったり藁を組んだりして家を建てた。火を起こしたり海を渡ったり空を飛んだりするようになり、定期的に殺し合って、歌って、描いて、彼らはやがて自分たちが猿であることを忘れた。地球のあらましだってこんな簡単に説明できる。どうしてこの――慧とかいうのが私たちと一緒にいるのかさえ説明できないの、あなたは。使えないわね」

愚鈍な従者を叱責する主のような口調で日下部は言った。その隣で沢崎がにやけた顔でうどんに七味唐辛子をかけている。こいつ、楽しんでやがる。というか、どうして僕だけが責められているんだ。

「まあ、要するに仲良くなりたいんだってさ。君や沢崎と」

色々と面倒になり、情報を限界以上に削ぎ落として説明する。

「あら。私は志野くんとも仲良くなりたいわよ」
「僕は“あっち側”の住人じゃないぞ。普通の、量産的な男子生徒だ。期待されても何も出ない」
「そうかなあ。この二人の一番近くにいるんだから、充分普通から外れていると考えていいと思うけれど」
「つうかな、お前ら、俺とこいつを何だと思ってんだ。人を悪魔か何かみたいに言うな。繊細な心が傷付くだろ」

いけしゃあしゃあと沢崎は言う。日下部が諦念を乗せた思い溜め息を吐いて、目の前の定食に箸を伸ばした。
僕はカレーライスを食べながら、周囲の好奇な目を気にしていた。特に二年生の視線がやたらと肌を刺してくる。ただでさえ学食で男女混合グループは珍しいのに、日下部沙耶と沢崎拓也が並んで座っているのだ。学園ドラマの撮影でもしているかのような光景。日下部と沢崎を主演とするなら、どちらかと言えば目立つタイプの白川は役名と台詞付きの端役で、僕は名無しのエキストラなのだろう。

「ねえ、みんなはさ」

食事を終え、ティッシュで口許を拭いたあとで白川が言い出した。
「今日の放課後は暇なの?」
「暇じゃない放課後なんて俺らにはないしな。部活もやってないし」沢崎が言う。
「なら、学校が終わったらボウリング行かない? 私、無料招待券持ってるの」
「ボウリングねえ」

どうするよ? と面倒そうに目で訊ねてくる沢崎に、僕は肩を竦めてみせる。白川には弱味を握られているわけだし、特に断る理由もなかった。親交を深めたいと思っての誘いだろうから、無下にするには気が引ける。
そうだ、と僕は思って日下部を見る。


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