投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 87 凪いだ海に落とした魔法は 89 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

凪いだ海に落とした魔法は 3話-40

『そういう態度、一番先生たちの逆鱗に触れるんだよね。何でこんな馬鹿な真似をしたのかって怒鳴られて、彼女、何て答えたと思う?』
「さあね」
『目の前を飛び回るハエを叩き潰すのに“邪魔だから”以外の理由が要りますか? だってさ』
沢崎は薄く笑って、「ごもっともな意見だな」と同調した。
『どこがよ。とにかく、それでもう先生たちは匙を投げたの。こいつには何を言っても無駄だってね。金野先生の評判もあれだったし、入学早々に退学ってのも何だから、謹慎処分ってとこに落ち着いたわけ』
「出たな。事なかれ主義」
『そういうこと言わないの。それでさ、授業中に寝ていようが遅刻しようが、それからはもう日下部沙耶には誰も注意しなくなったのね。基本的に放っておけば無害な娘だから、触らぬ神に祟りなしってことで。とまあ、私が知ってる話は大体こんな感じ。んなわけだからさ、あの娘、ちょっと普通じゃないと私は思うんだ』

なるほどね、と沢崎はその秀麗な面に満足げな笑みを浮かべ、小さく頷いた。

『ねえ。なんで日下部沙耶のことなんか聞くの?』

探るような声音に、「別に」と冷たく答える。自分が質問する権利はあっても、相手の質問に答える義務はないと、そう言わんばかりの態度。

「うん。もういいや。ありがとね」
『あ、ちょっと、電話切るつもりで――』
「おやすみ」

沢崎は一方的に電話を切ると、半分程吸った煙草を靴裏で踏み潰した。日下部沙耶のメッキを剥がすには至らなかったが、それなりに満足のいく情報収集ではあった。少なくとも、キャラを演じているだけの痛い女ではないことは判明したと言える。

店のドアが開いて、中から常連客たちが出てきた。もうお帰りのご様子だ。

「おっ、拓也。お前まだいたのかよ。何してんだ。そんなとこで突っ立って」
「別に。夜風に当たってただけだよ。気持ちのいい夜だしね。帰るの?」
「おお。誰かさんのせいで懐も寂しいしな」
「そう。気を付けてね」

素面の男がバンの運転席に座り、エンジンをかけて、酔っぱらいがのそのそと乗り込んだ。駐車場を出る寸前にクラクションで挨拶をしてきたので、沢崎は軽く手を上げてそれに応える。テールランプが闇の向こうに消えていくのをポケットに手を突っ込んだままじっと見届けた。
しばらくそこに佇んでみても、次の客どころか、車自体が滅多に通らない。ガランとしたアスファルトの上を、空き缶が風に転がされてカラカラと音を立てるばかりだった。

ふと、さっきの客たちは何を楽しみにして毎日を生きているのだろうかと、そんなことを沢崎は考えていた。もういい歳のはずだが、三人とも独身である。家庭がないのならば、仲間と飲む晩酌か、それとも麻雀か。まあ、その程度の娯楽だろう。きっと夢を見る気持ちなど忘れてしまったのだろうなと、沢崎は思う。やりたくてもできないことが大人には多いと言っていたが、結局のところ、情熱を無くしたてしまっただけではないのか。

人は、常にうずうずしていなければならない。それが沢崎拓也の持論だった。何をしても満ち足りず、暴れたくなるほど退屈で、いつも刺激に飢えていなければならないのだ。

いつでも自分は、炸裂する寸前の爆弾めいた危うい思いを胸に抱いて生きてたい。そんな願いが彼にはあった。行き場を求めて荒れ狂う熱の塊が内になければ、自分はすぐに駄目になってしまうような気がする。その爆発の前兆とも呼べる刹那的な渇望を無くしたとき、きっと自分は退屈な大人へと退化していくのだろう。何かを為し得たい。何かを為し遂げたい。そんな漠然たる飢餓感がなければ、いつか前に進むことさえ億劫になるのだ。一度そうなってしまえばもう手遅れ。生温い時の流れに磨耗され、弛緩して、堂々たる凡夫が完成する。
自分はそうはなりたくはない。酒を飲み、仕事の愚痴を溢し、麻雀を打てば、世は殊も無し。そんな退屈な大人にはなりたくはなかった。

日下部沙耶は、どうなのだろうか。
“楽しい”という感情を知らない人間は、どんな飢えを感じているのだろうか。何を喰らえば、その飢えは満たされるのだろう。

少しだけ、寄り道をしてやってもいいだろう。もしかしたら、日下部沙耶は自分が思っている以上に面白い人間かもしれない。そんなことを考えて、沢崎は楽しげに笑った。




凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 87 凪いだ海に落とした魔法は 89 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前