投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 83 凪いだ海に落とした魔法は 85 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

凪いだ海に落とした魔法は 3話-36

――その夜。店の常連客から麻雀で小遣いを毟り取った沢崎拓也は、すこぶる御機嫌だった。相手は気のいい客たちで、陽気な酒を嗜む連中だった。沢崎がまだ小学生の時分から、店の一人息子である彼を可愛がっていたその客たちは、麻雀の面子が足りなくなれば彼を呼び出すのが常だった。始めは戯れに仕込んだ麻雀で少年にあふく銭を恵んでやっているつもりだったが、いつの間にか本気で打っても負け越すことも多くなっていた。
店内の隅にひとつだけ置いてある古ぼけた雀卓。三人の中年男性と一人の少年が牌を囲み、親しげな雰囲気で言葉を交わしていた。

「何だよ。今日はやけにツイてるじゃねえか。役満三回も上がりやがって。お前、まさか積み込んでんじゃねえだろうな」
「アホか。常連客相手にサマなんてするかよ。オッサン達いないとうちの店まずいだろ。明日の酒代まで吐き出されても、それはそれで困る」

対面に座った男が渋い顔をするのを見て、沢崎は苦笑した。

「まあまあ、拓也のことはガキの頃から知ってるしな。そんなこすい真似する奴じゃねえよな。こいつは器のでけえ男だからよ」

下家の男のフォローに、沢崎はますますその苦笑を深める。あくまでも相手が顔馴染みだから平で打っているに過ぎないのだが、彼らは言葉の意味を誤解していた。人を騙して金銭を得ることに何ら忌避を感じないのが自分という人間の仕様なのだ。幼い頃の自分を知っているだけに、内面まで無垢なまま成長しているとでも錯覚しているのだろうか。

「ああ。まあ、今回はウマだけで良かったよ。レートで払えって言われたら、今月はもうこの店にはこれねえぞ。俺は役満に二度も振り込んじまったからよ。本当にツイてたなあ。拓也」
「ツキだけじゃ役満三度も上がれないでしょ。でもまあ、そう。近頃ツイてるんだ。確かにね。夏が来てからさ、わくわくすることが多くてね。最近、気の合うダチなんかもできたし」
「おお。一丁前に青春してるわけだ。いいぞいいぞ。無茶は若いうちにしとけよ。歳取るとあれだ、やりたくてもできないことが増えるからな」

顔の半分近くを覆った無精髭をさすりながら、茶化すように男は言った。

「やりたくてもできないことなんて、ガキのほうが多いんじゃない? 金もないしさ」
「いいや。大人のほうが多いね。楽しいことは特にな。お前もオッサンになれば分かるさ。ああ、俺も十代の頃に戻りてえなあ。夏がきただけで無意味にわくわくすることなんざもう何年もねえや」

煙草をくわえたまま、過去に思いを巡らすように視線を宙にふわふわと漂わせた男たちを尻目に、沢崎は席を立った。

「じゃあ、俺部屋に戻るわ。クソジジイの説教が始まる前に」
「今度また呼ぶからな。勝ち逃げは許さねえぞ」
「いい大人がガキから小遣い巻き上げようとすんじゃねえよ。だからクソジジイだって言ってんの」

けらけらと快活な笑い声を背中で聞きながら、沢崎は店を出た。ほんの十メートルほど離れた場所にあるプレハブ小屋が彼の自室なのだが、今は何となく、そこに戻る気にはなれなかった。ビールの酔いもいい具合に残っているし、麻雀も大勝して気分もいい。夏の夜を満喫するには申し分のない夜だった。少し散歩でもしようか。そう思って歩き出したとき、ポケットの中で携帯電話が震えた。確認すると、以前、頼み事をしたことのある女からだった。その見返りに下らない映画を二人で観るハメになり、休日を無為に過ごした経験がある。
無視しようかとも思ったが、ふと思い付いて沢崎は電話に出た。


凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 83 凪いだ海に落とした魔法は 85 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前