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熱帯夜
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五日目-4

「俺…」
「あたしって男見る目ないのかなぁ」
「…え?」
「好きな人に嘘つかれるの、もう二回目なんだよね」
「嘘って…?」
「人生初の彼氏もあたし以外に彼女がいたの。それがすごいショックで、それ以来彼氏なんかいらないって言ってずっと誰とも付き合わなかったの」
「誰とも?高校生以来?」
「引かないでよ!それくらいショックだったんだから」
「ふぅん…」
「それで見兼ねた友達に連れられてった合コンで知り合ったのがあの彼。この人なら大丈夫って思ったのに、結局また同じ。今度男の人に嘘つかれたら、一生立ち直れないかも」
「男見る目ないね」
「うるさいな」
「ほんとのことじゃん」

そんなことないよ。
そりゃ今までは見る目なかったけど、今度は違う。
だって、秀君は優しいから…

「秀君、さっき何か言いかけなかった?」
「んー…、いい。忘れちゃった」
「そう?」
「うん」
「じゃあ思い出したら教えて。あたし風邪薬とってくる」
「ありがと。足元気をつけて」
「うん」

部屋に戻ってリビングの薬箱を物色した。
ついでにスポーツドリンクのおかわりと代えのアイス枕を持って、と。
軽い足取りで階段を上がって部屋に入った瞬間、秀君の部屋に違和感を感じた。
開けたままだったカーテンが閉まってる。
それに話し声…

「熱があるならあるって、なんで電話してこないの?」

この声…、おばさん!?
持ってるものを全部落としそうになって、慌てて態勢を整えると、それら全てを音をたてないようにベッドに置いて両手で口を押さえて息を殺した。

「そっちはそっちで大変だったんだろ?」
「そりゃそうだけど」
「婆ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。もう歩けるから」
「秀明は?」
「あの子はまだ残るって」
「どんだけ婆ちゃん子だよ」
「それより秀君は?薬飲んだの?」
「まだだけど」
「熱計った?」
「触んなよ」
「触らなきゃ分からないでしょ」
「いいって――…」
「熱っ、しかも汗だく!早く服脱いで…」

それ以上聞けなくて、音をたてないように窓とカーテンを閉めた。

手が震える。
足に力が入らない。

あたし、何を勘違いしてたんだろう。優しくされて、デートに誘われて、浮かれてた。
秀君の好きな人はおばさんだった。叶わない恋だけど、それでも好きな相手には変わりない。

「…っく」

両手で口を押さえてるのに、それでも泣き声は漏れてくる。
最悪。
恋に気づいたその日に失恋なんて、最悪だ。
抱きしめられた感触が体に残ったまま離れない。秀君の匂いも体温も全部覚えてるのに、それはあたしの為のものじゃない。

あの時の「大好き」はおばさんに…?

バカだ、あたし。
ほんとバカ。
期待して、バカみたい――…



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