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恋は幾つになっても
【大人 恋愛小説】

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恋は幾つになっても-2

話はカラオケ喫茶を出た後の圭子の帰り道に戻る。圭子は生涯通じて独身である。そういう話がなかった訳ではないが、多忙とタイミングを逃したことから、50代半ばまで結局独身を通してしまった圭子。駅に向かった他の家族がいる3人とは逆方向、ひとり寂しく一人暮らしのマンションまでの道を1、2分歩いたところで踵を帰す。そして、出たばかりのカラオケ喫茶の扉を開けていた。

「おや?また、いらっしゃいましたね。今度はお一人で?」
「ええ。先程は『女子会』でしたから。今度は素敵な男性とゆっくりお話がしたくて」
「またまた、ご冗談を。あなたのような素敵な女性と過ごせるなら、お話ぐらいはお聞きしましょう」
「まあ。そちらこそお上手ね。ところでマスターはお歌いにならないのかしら」
「いえ、ご希望があれば多少は」
「じゃあ、えぇと。わかるかしら。冴木弘の『あなたのために』って。ほら、30年ぐらい前にちょっと流行ってた、渋いアイドル。わたし、ファンだったの」
マスターは一瞬、眉をひそめた(ような気がした)。
「名前は聞いたことはありますが、曲までは覚えてませんね。すいません」
「じゃあ…」
と他の曲をリクエストした。その後もお互い同学年でしかもこれまで独身でだったことや、圭子の店の話など、ほとんど圭子が一方的に話し、マスターがうなづく。お互いにとって心地よい時間が過ぎた。
「あら。やだ。もうこんな時間。見たいドラマがあったんだわ。今日はこのあたりで失礼するわね。また来るわ」

その後も圭子は週1・2回、美容室の休みのたびにカラオケ喫茶に赴くようになった。たまに別の客がいることもあったが、客が圭子だけの時は、主に圭子が話し、時々マスターと圭子が交互に懐かしい曲を歌ったり、最近の曲に挑戦したりして、ふたりの仲は近づいていった。しかし、その都度、圭子の中になにかモヤモヤしたものが広がっていった。
そして、圭子のカラオケ喫茶通いが4か月ほどになった頃、圭子はまた、いつものようにマスターの待つ扉を開けた。


「いらっしゃい。今日はオレの話を聞いてくれるかい?大事な話なんだ」
「え、ええ。」
圭子はいつもと違うマスターに、戸惑いながらもかろうじて返事をする。マスターは玄関の札を『準備中』にした。


「あ、そうだ。まだ、名乗ってなかったね。オレの名前は佐伯浩司(さえきこうじ)。」
あ、この人の名前すら聞いてなかった。
「圭子さんが初めてここに来たとき、冴木大の話をしてたよね?それオレのことなんだ」
はぁー。なるほど。わたしのモヤモヤの正体はこれだったんだ。
え??ってことはあの憧れの冴木大が目の前に??
「こんなオジサンになって残念だった?」
思い切り首を振るしかできない。いつものおしゃべりなわたしじゃないみたい。これを絶句というんだろう。
マスター、いや浩司さんは続ける。
「芸能界に入れて、最初は楽しかった。歌手になるのが夢だったし、人前で歌うのが好きだったしね。でも、そのうち、歌うのが嫌になってきた。想ってる人がいなくても『あなたのために』とか、すごい悲しい時にも『笑顔1000%』とか、歌わなきゃならなかった。それができるのがプロなんだろうけど、自分の本当に歌いたいことが歌えないことが嫌だった。」
浩司さんは続けた。歌詞を自分で書いて事務所とレコード会社に持って行ったこともあるが、「内容が暗い」などの理由で取り合ってもらえなかったこと。ほかのアイドルはカメラの前ではいつも元気で、とても自分はかなわないと思ったこと。
「本当に自分の歌いたい歌を伝えるためには、アイドルを辞めざるを得なかった。それからは大学の声楽科にいって、卒業した後、ボイストレーニングの講師をしながら、インディーズで曲を出したり、ここで歌が好きな人と交流したりしてる。もっとも、ここはそんなにお客さんはこないけどね」
ちょっと口角があがった。そんなところもセクシーだ。あぁ、わたし、本格的に浩司さんに惚れてるみたい。


また、浩司さんが言う。
「今までは伝えたい人がいなかったから、アイドルを引退してから歌ったことがないんだけど。圭子さん。聞いてもらえますか。」



『あなたのために』


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