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「桜館の女」
【サスペンス 推理小説】

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「桜館の女」-4

翌日も蘇芳という赤い色の着物を着た。
髪は結ったもののイノさんの指示だということで
少し乱してほつれを作った。
日が落ちて撮影が始まった。
縁台はなく赤い毛氈が地面に敷かれていた。
撮影の時はイノさんの目は真剣そのもの。
客人に大きな声で指示している。

若い男が
「ここに横になってください」
とわたしに指示した。
とまどっていると
「早く、先生がそう言っているんだ」
と低い声でたしなめるように言った。
わたしは不安な気持ちで従った。
イノさんのカメラからは
切れ目なくフラッシュが焚かれる。
さっきの男性が裾を開く。
わたしは驚き、開いた裾を直す。
イノさんはうなずきながらシャッターを押す。
男性が裾を開く。脚があらわになる。
「やめてください。」
イノさんに助けてという目を投げかけた。
訴える目までもシャッターを押す。

若い男がさらに裾を開き胸元までも掻き分ける。
せっかく着付けた着物をこんなことされて
わたしは起き上がろうとする。
しかし、男に腕をつかまれたり
胸を押されたりして起き上がれない。
イノさんが近づいてシャッターを押す。
イノさんは助けてくれない。
絶望的な気分。
「いい表情だ。もっと切なげに」
若い男がわたしにおおいかぶさった。
こんなことイノさんは許すはずがない。
「いや。離して」
わたしは男を押した。
男はわたしの脚を開き、身体を割り込ませる。
胸が半分見えるほど着物を掻き分ける。
「いや。イノさん、助けて。」
夢中で撮り続けるイノさんの姿が見えた。

花びらがはらはらとわたしの上に降りかかる。
泣き疲れ、汚されたわたしの上に降り積もる。
撮影は終わった。
話もしたこともない名前も知らない若い男の
欲望のままにされた。
桜の花より白いのわたしの腕や脚そして胸
想いを寄せているイノさんの前で。
それなのにイノさんは撮影を続けていた。
満足そうな笑みを浮かべて。

若い男の匂いを身体にのせたまま
桜の花を下から眺めていた。
美しすぎて悲しかった。
白猫だけが尾をたててわたしの傍に来てくれた。

写真集は売れた。
巨匠井上が新妻を撮ったことが話題を呼んだ。
業界では有名な人嫌いのイノさんが妻をめとったこと
初めてプライバシーを仕事に持ち込んだこと。
なにより美しい色
動きのある絵と評判だったらしい。


あれから一年。また春が巡ってきた。
わたしはこの家の女主人になっていた。

出版社の社長という人ががベンツで訪ねてきた。。
「イノさんはいらっしゃいますか?」
「彼は旅に出てます。」
「こんな若い奥さんがいるんですからすぐに帰って来ますね。」
わたしは、通帳に使い切れないほどのお金が入金されていることを確認した。

「今年の桜は色が濃いですね」
社長は言った。

社長を見送りながら、わたしは白猫に語りかけた
「だって人間の血をたっぷり吸っているのですものね。」
「ミャー」
白猫はわたしの腕で甘えた声を出した。


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