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「桜館の女」
【サスペンス 推理小説】

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「桜館の女」-2

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朝が訪れ、電車に1時間乗り、イノさんの自宅に連れて行かれた。
鯉の泳ぐ池があり、手入れの行き届いた庭園が広がる。
大きな和風の家だった。
この家で、イノさんはひとりで暮らしていた。

家出娘をかくまうからには
下心なんかがあるんじゃないか、
なんて考えが頭をよぎったが
そんな心配はすぐに打ち消された。
「もう、セックスは必要ないんでね」
そう言って笑う。少し寂しそう目。

しかし、夕食を終えお酒を飲むと
イノさんはわたしをずっと見つめている。
目をそらすことはない。
座卓に背をもたれさせ
腕組みをしている和服のイノさん。
酔いのせいか頬が赤い。
話しかけても笑っているだけで
わたしとしては落ち着かない。
「じゃ、おやすみなさい。また明日」
と早々に引き上げてしまったわ。
東向きの部屋をいただいていたので。

野良だという白い猫と遊んだり鯉にえさを与えたり
イノさんとわたし、ふたりきりのまったりした時間が流れる。
こんな贅沢に時間を使ったのは生まれて初めて。
うんと年上の彼との生活もいいものだわと嬉しくなってきた。

やることもないので夕方にはお風呂に入る。
お風呂上りに部屋でぼんやりしていると
「マッサージをするともっとキレイになれるよ」
とイノさんが来た。
うつぶせのわたしの背中をさすってくれる。
そして腕。右も左もその大きな暖かい手で
さすってくれる。
彼の触れたところは体温が高くなるような気がする。
信頼して服を脱ぎ、肌をさらした。
髪をかき上げうなじに触れる。
ぞくっと全身が震えるような感触。
彼の手の動きに意識を集中して
身体はさらに温かく感じやすくなっていった。
時間をかけてわたしの身体に少しずつ触れるイノさん。
そして、脚にも手を伸ばす。
「気持ちいい・・すごく・・」
目をつぶって身を任せたまま伝えた。
「キレイな肌に触れるとこっちも若返るのでね」
なんて年寄り臭いことを言う。
イノさんが若くないなんて思ったことないのに。

3時間も身を任せていただろうか。
もっとこのままでいたかった。
「おなかすいただろう?」と背中をぽんと叩かれた。
簡単な食事と日本酒。
今夜のイノさんは饒舌だった。
「わたしは写真が趣味でね。」
これまで撮った花や風景の話をしてくれた。
得意なのは水の流れの写真だそうだ。
モデルを使った人物の写真も頼まれるのだが
満足できるものは一度も撮ったことがないと
寂しそうに笑った。

夕食の後、ほろ酔いのふたりは散歩することにした。
わたしはそろそろ母が心配しているのではないかと思い始めていた。
そんな想いを振り払うようにイノさんの腕をつかんで歩いた。
さきほどのの手のひらの感触が全身に残っており
身体の内側からイノさんを想っていた。

春、爛漫。
庭の南側の桜が満開だった。
わたしが悩んでいいる間に季節は移っていた。
池の端に照明があり、ちょうど桜を照らす角度になっていた。
「そこに立って」
イノさんはわたし桜の幹に押し付け
ゆっくり後ずさりした。
距離を定め、指でファインダーを作り覗いている。
「美しい。桜を殺さぬ春の襲色目(かさねのいろめ)だ。
表に白、裏に蘇芳(すおう)を重ねるのがよし。
髪は高く結って後れ毛をなびかせる。
美しい。最高に美しい。」
寒さで震え始めるまでわたしはそこに立ち
イノさんのイメージ作りの手伝いをした。
枝は花の重みを懸命に支えているようだ。
開いたばかりの桜の花びらが
誇らしげに揺れた。

翌日は風の強い日だった。
縁側でイノさんの腕に頬をつけ、あらためて花を見ると
風に吹かれた桜がわたしと同じように枝にしがみついていた。
ほんの2日間でわたしはずるずるとイノさんにのめりこんでしまった。


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