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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・エザカール-5

 日暮れ前にたどり着いた宿場町で宿を決めると、深花は早々に部屋へ引き取った。
 食欲などは当然湧かず、布団に包まっても眠れずに悶々としているしかなかった。
 どれだけそうしていたかは、分からない。
 かすかなノックの音が、鬱々とした心に波紋を投げ掛ける。
「……深花」
 聞こえてきた声は、ジュリアスのものだった。
「話したい事がある。開けてくれないか?」
 いつになく優しい語調に、深花は枕から頭を上げる。
「ジュリアス……」
 逡巡の後、ベッドを抜け出し……ドアを開けていた。
「済まないな」
 ドアから体を滑り込ませると、ジュリアスはドアを閉じた。
 深花は明かりを点けると布団をどけ、ベッドに腰掛ける。
 ドアの近くに立ち止まったまま、ジュリアスは尋ねた。
「俺が恐いか?」
 瞳の中で複雑な感情が揺らめくのを、ジュリアスは見る。
「恐くない……は嘘になる」
 それが、正直な感想だった。
「でも、私の覚悟が甘かった。旅に出る事がそういう危険と隣り合わせだと、思ってはいなかった。すぐに神殿までたどり着けてバランフォルシュに会って、目的を遂げられると思い込んでた」
 神殿までの距離は、足の速い生き物を使っても一週間。
 車や電車へ慣れていた深花にとって旅はスピーディに移動でき、楽しくて快適なイベントだった。
 しかし、リオ・ゼネルヴァでそんなものは通用しない。
 旅とは十分な備えを携行し、腕に自信がなければ護衛を雇い、土と砂利でできた道を走破していく苛酷なものなのだ。
「ごめん……甘ちゃんで」
「いいさ、甘ちゃんで」
 その言葉に、深花はジュリアスの顔を見る。
「お前に、殺人はできないよ」
 続く声には、かすかな苦痛が滲んでいた。
「俺だって割り切っているだけで、人を殺して平気な訳じゃない。敵神機を撃破した時だって、中にいる奴の事を考えないようにしてるだけだ。だから……誰かを殺す時は、俺に言え」
「ジュリアス……」
「俺もお前も人間だ。もちろん、敵対する奴らもな」
 結んだ言葉は、過去に対する悔悟が混じっていた。
「俺達が実戦に投入される可能性はお前が来た事により、飛躍的に低くなった。もちろん、教練を受ける事にはなるだろうが……もう一度言う。お前が誰かを殺さなければならなくなった時は、俺に言え。俺が代わりに殺してやるから、お前が手を汚す必要はない」
「……ありがと」
 指先で目頭を抑えながら、深花は呟く。
「でも……そういうの、自分でやれるようにならなくちゃ。汚れ仕事を押し付けて平気でいられるくらい、恥知らずじゃないつもりよ」
「無理を言うな」
 つかつかと、ジュリアスが近づいてきた。
 何をするのかと思う間もなく、ベッドに引き倒される。
 両の手首を一まとめに掴まれると、頭上に固定された。
 腹の上にまたがられれば、深花はもう動けない。
「この体でどうやって、力仕事をこなすつもりだ?抵抗してみろ、俺はびくともしないぞ」
 ぽかんとしていた深花はこの言葉で我に返り、ジュリアスの下から抜け出そうともがき始める。
「んっ……ふっ……!」
 妙に色っぽい声を上げつつ、深花は体をよじったりない腹筋を使って起き上がろうと試みるが、ジュリアスは宣言通りに全く動かない。
 やがて体力が尽きた深花が動かなくなると、ジュリアスは深花を解放した。
「……お前が手を汚す必要はない。つうか、手を汚すな。お前は手を汚すべき人間じゃない」
 解放されたと思った体は……抱き締められる。
「え、あ……」
「人の好意は素直に受け入れとけ」
 抱き締められた弾みで、二人のペンダントが首元からこぼれ落ちた。
 かちん、と音がして一瞬宝石が触れ合う。
「……!」
 その途端、ジュリアスの思考が深花の中へなだれ込んでくる。


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