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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-5

『少し話したいことがある。放課後、教室に残って欲しい』

ペン先で背中を突付き、彼女が目を覚ますのを確認してから、紙切れを机に投げた。日下部は肘の上に顎を乗せたまま緩慢な動きでそれを手に取った。

教師の声には相変わらず熱意がなかった。開け放たれた窓から吹き込む風のほうがよほど熱っぽかった。僕は日下部がメモ書きを読んでいるあいだ、彼女のブラウス越しに黒い下着を眺めていた。長い髪がそのほとんどを隠していたせいで、欲望を抱くには少し物足りなかったが、それでもまあ、見ていて退屈なものではなかった。黒の似合う女性は美しい、と僕は思う。

日下部はメモを読み終えると、振り向きもせずにそれを投げて寄越す。車の窓から煙草をポイ捨てするかのような心ない動作。僕は返ってきた紙切れを確認した。

『覚えてたら』

切れ端には無個性な文字で小さく、そう書かれていた。
覚えてたら? 放課後まで忘れずにいられたら教室にいるよ。という意味だろうか。一切の無駄を削ぎ落としたような簡潔な返事で、彼女らしい。

視線を前に向けると、日下部はまた机に突っ伏して眠りの体勢に入っていた。
シャム猫みたいに素っ気ない女だな、と僕は思った。





休み時間中にタイミングを見計らって、菊地に話を持ちかけた。告げ口されることを懸念して、慎重に言葉を選んだけれど、彼の反応を見る限り、その心配はなさそうだった。聞けば、菊地は前回の中間テストでもカンニングを働いていたらしい。それに味をしめて、今回のテストでも不正を行うつもりだったらしいが、僕の持ちかけた話のほうが効率的だと踏んだようだ。もしかしたら、商品の問題用紙を見ながらカンニングペーパーまで作る気かもしれない。あらかじめ問題が分かっていたとしても、その答えを覚えるのさえ面倒だといった話ぶりだった。

菊地がアルバイトで小遣い稼ぎをしている情報を掴んでいた僕は、足元を見て一枚5千円の値段を提示した。三教科で1万5千円。随分なぼったくりだ。もちろん菊地は金を出し渋ったが、懐柔に成功したと言っていいのだろうか。結局、一枚3千円で話を付けた。まあ、彼には最初からその値段で売り付けるつもりだったのだが。

意外とすんなり交渉が成立したところで、僕にも欲が出てきた。最初は全部で十枚も売れれば御の字だろうな、と考えていたが、それでは利益はさほど見込めない。いや、利益なんて大した問題ではない。それが、停学のリスクを負ってまで稼ぐような金額ではないということが、気に入らない。危険を省みず顧みず手当たり次第に売り捌くのなら問題はないが、そんなつもりはなかった。

僕一人の交遊関係では、商売範囲を広げるのにも限界がある。そう感じた僕は、菊地に解答用紙を渡したあと、ある提案をしてみる。

「誰か他にこいつを欲しがりそうな奴を知らないかな。貝みたいに口の固い奴がいい。バイトをしていて財布の重い奴なら尚更いい。一人紹介してくれたら、500円づつ値引きする」
「本気かよ。勘弁だぞ。そこから足が付いて俺まで停学になったりするのは」
「だから、貝みたいに口の固い奴がいい」

菊地は、しばらく眉間に皺を寄せて考えていた。急に十歳分も老け込んだように見えた。世を拗ねたような雰囲気は二十歳分も深まったようだった。
やがて彼は他のクラスの名前を何人か出した。中学時代からの馴染みらしい。


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