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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 1話-20

「どうして、僕なんだ」
「協力するって言ったろ。バイク、買う金。免許とるのだってタダじゃない。俺、あまりいい印象がないらしいからな。教師だけじゃなくて、他の生徒にも」
「主に男子生徒にね」
「だから、お前だ。アリバイもあるしな。あの時、ちゃんと授業出てたんだろ」
「ああ。クソ暑い中、グラウンドに集合して並ばされたよ――ていうか、何でお前はいなかったのに問題にならない? 点呼したときもいなかったんだろ」
「もともとサボってたからな。始めからいない奴だったんだよ、俺は」
「なら、ちょっとした用事ってのは?」
「ああ、何だっけなあ」

口の片端を弓張り月みたいに歪めて彼は笑った。まさか始めから問題用紙を盗むつもりだったのではないか。そんな疑惑が浮かんでくる。こいつならやりかねないし、そうだとしても、もう驚かない。

「それでだ、昼休みに職員室を覗いたら、もう印刷終わってたみたいでな。テスト問題っていつ作ったんすかって、聞いてみたら、ついさっき出来たばかりだって言ってたから、このアリバイは重要になる」
「沢崎拓也がそんなこと聞くなんて、怪しまれたかもな」
「ああ、そんな顔されたし、実際にそんなことを言われたよ。お前、何か企んでるのかって。冗談ぽく訊かれたけど、本気で警戒してるような目だったな」

そのときのことを思い出したのか、沢崎は身を揺すって笑い出した。何が可笑しいのか、僕には分からなかった。

「さて、そういうわけで、志野のくんにはこいつを売り捌いて欲しいわけだが」
「リスキーだな。バレたら停学だぞ」
「楽しめよ」
「何?」
「せっかくのイベントだ。怖がってないでこのゲームを楽しもうって話さ。いや、怖いからこそ楽しいんじゃない。メルヘンチックなお化け屋敷とか、楽しくないだろ」
「イベントってお前――」
「文化祭や体育祭のほうが楽しいと?」
「楽しいんじゃないか? それなりには。メルヘンチックなお化け屋敷だって、文化祭の出し物でなら許される」
「そう。それなりに、だ。けどそれはリアルタイムで何百人が同じ経験をする楽しさでしかない。このイベントは、俺と志野だけのゲーム。俺らがプレーヤーで、こいつを買う連中は、記号的な駒でしかない。その違いはさ、なかなか体感できるものじゃないよな」

沢崎は高揚感を冷ますようにやおらビールをあおり、大きく息を吐き出したが、酩酊している気配はなかった。飲み干したグラスを逆さに持ち、縁にたまった水滴が震えてポツリと落ちる様子を眺めていた。

「俺らの計画には金がいる。最低でも一年はかかるだろう。その前にちょっとした寄り道をしてみようぜ」
「寄り道ねえ」
「別に無関係じゃないだろ。あくせくバイトするより楽に稼げるんだから」

「な?」と彼は言って、小さく笑う。秘密を差し出す悪魔の微笑、にしては爽やかに過ぎた笑い方だった。

沢崎にとって、楽しさの優先順位がどういったランクにあるのか、その笑い方を見れば分かる。その楽しさの中に、彼は、僕を招待しようというのだ。

僕は改めて自分の心を覗いてみる。不安と期待の不細工な混合物がそこに見て取れた。小さく震えながら、静かに産声を上げる時を待っている。そいつは僕から何を奪い、何をもたらすのだろうか。

「いくらで売れるかな」

気が付けば、僕はそんなことを口にしていた。胸の中に生まれた新たな怪物の正体を確かめることにしたらしい。悪魔からの招待状を受け取ったところで、代償に魂まで取られることはないだろう。
やはり、馬鹿っていうやつは感染するものなのか――。

「お前が決めろよ」

沢崎は欣然とした顔で僕を見詰める。嬉々として弾けたその笑いが、いつものように僕を刺激した。こいつと一緒なら何でもできる。そんな気分になる。根拠不明の無敵感。

「ここから先は、お前がゲームを作ってくれ」

その言葉に、僕は黙って頷いたのだった。




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