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【純愛 恋愛小説】

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恋愛小説(2)-8



「水谷先輩」
次の週、サークルで葵ちゃんは僕のことをそう呼んだ。僕のことをどう呼ぼうとそれは個人の自由だと僕は思うのだけれど、葵ちゃんはちゃんと分別がつく人物だったらしく、千明の事を思ってか、元の呼び方に戻っていた。
「どうしたの?」
「いえ、あれからどうなったのかと思って。私、もしかしたら井上先輩の気に障る様なことしたんじゃないかって」
困惑しているのがよくわかる表情だった。葵ちゃんも表情の豊かさに富んでいるようだった。
「心配する必要はないよ。千明はたまぁに、ああなるんだ。運がなかったと思えばいいさ」
「でも」
「でももストもないよ。ただ僕の呼び方は改めた方がいいかもね。好きに呼べばいいと言ったものの、どうやらちーくんという呼び方は不味かったらしい」
「……はい、わかりました」
「君が理解に富んでいる人間で嬉しいよ」
僕がそういうと、わずかだが葵ちゃんは微笑んだ。もしかしたら僕がこう言うのを待っていたのかも知れない。笑顔が素敵だった。葵ちゃんは新入生のなかでもずば抜けていると言っていい程かわいい。いつしかテレビの向こうで現れても僕はさほど驚きはしないだろう。
「あとそれと、千明は君のことを特別嫌っている訳ではない事もわかって貰えると嬉しいね。多少ねじ曲がってはいるけれど、人に優劣をつけないところは千明の美点だから。だから、もし君が千明に不満をもっていなければ、今回の件は忘れて欲しい」
「あ、はい。それに関しては大丈夫です。少し面食らったのは事実ですけど、別に悪い人だとは思っていませんから」
そう言うと葵ちゃんはまた笑った。笑顔の素敵な選手権があれば、結構な上位に食い込むだろう素敵な笑顔だった。

その後、話題は僕の歌唱力についてになっていた。元からのサークルメンバーは僕の歌唱力の低さをいくぶんか理解していたけれど、やはり大半の新入生は面を食らったらしい、と葵ちゃんは言っていた。
「聴いてみたいって、二次会に行けなかったメンバーが悔しがってましたよ」
「僕としては御免こうむりたいけどね」
「ははっ、あ、でも私は先輩の歌声、好きですよ?まぁ多少ユニークではありますけど」
「まぁ来年の新歓までは、聴かせるチャンスもないだろうけどね」
「えぇー、残念です」
千明がやってきたのはそんな話をしてた時だった。多少この前のことを気にしているみたいで、複雑な表情を作っている。もちろん、僕はこんな顔をした千明を見たのははじめてだった。大学に入って僕ははじめてだらけだった。
「ちーくーん、おはよー」
「ん?あぁおはよう」
「あ、あの、井上先輩!この前はすみませんでした!」
背筋をピンと伸ばしたお手本みたいな礼だった。45度でぴたりと止まり、指先はまっすぐ地面に向いていた。葵ちゃんはもしかしたら、いいのとこのお嬢さんなのかも知れない、と僕はまったく関係のないことを思った。
「むぅー、あれは私も悪かったんやし、もうええよぉ」
「で、でも」
「私こそ怒鳴ったりしてごめんな?」
「え?え、えぇ。はい、それは、はい。大丈夫です」
「それになんか私つまらんことにこだわってたみたいやわ。ホンマにごめん」
「い、いえ、私の方こそ、すみませんでした」
本当に自分が悪かったのだと思っているのだろう、葵ちゃんは動揺を隠せない様子だった。千明といえば、こちらも本当に悪い事をしたと考えているようで、申し訳なさそうにしている。僕はそんな二人を見ていて少し可笑しくなってしまった。
「むぅ。ちーくん何がそんなにおもしろいん?」
頬を膨らませ、千明は少し不機嫌そうだ。馬鹿にされたと思ったらしい。


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