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聖夜
【その他 官能小説】

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聖夜(その2)-5

雪が音もなく舞い散る夜、私はサナトリウムの老院長に、湖畔までの散歩に誘われた。今、私も
また母と同じように精神を病んで、このサナトリウムに入院をしている。

「あまりに、あなたが、お母様に似ていたので驚きました…あれからもう何年になりましょうか
…あなたのお母様は、ほんとうにお美しい方だった…わたしは昨日のことのように憶えています
…」と、肩を並べて歩いていた老院長は、私の横顔を懐かしさに溢れるような瞳で見ながらつぶ
やいた。

サナトリウムの講堂からは、オルガンの音とともにクリスマスの聖歌が聞こえてくる。
今夜は、クリスマスイブだった。そして、私の父と母が天に召された日だった。


「…愛しあえば、愛しあうほど…そうです……愛は、愛そのものを妨げ、歪め、遠ざけてしまう
…いや、愛そのものが、人の心に罪を背負わせると言っても私は過言ではないと思います。
…不思議で悲しいジレンマでしょうか……」

老院長は、闇と雪の織りなす細やかな模様が描かれた、静寂に包まれた湖をじっと眺めている。


あのイタリアの小さな教会で母が見た美しい彫像…母はあの彫像に魅了されていた。あの彫像が
聖母子をかたち取ったものなのかは、私にはよくわからない。母があの美しい女性に抱かれて
死んだ若い男の像に、おそらくあの青年の姿を重ねていたのかもしれない。

それは、一瞬の愛の姿をとらえた彫像だったのかもしれない。それは永遠の愛であり、同時に
一瞬のうちに壊れてしまう脆いガラスのような愛の姿だったのかもしれない。


「…愛への誓いこそ、呪縛そのものでしかないのかもしれません…愛に対して、純粋で、敬虔で
あろうとすることが、呪縛以外の何ものでもないということです…見えなくなった愛を求めるこ
とは、もはや苦痛という形でしか人には与えられないのでしょうか…」


雪が小降りになり、ひらひらと白い蝶のように舞う。穏やかな表情で、老院長はその蝶のような
雪に掌を差しのべる。


「…そして、あなたもまた、お母様と同じ道を歩もうとしている…あなたの背中の赤い鞭の痕…
申し訳ございません…うちの診察室であなたが着替えている姿が目に止まりましたもので…

人は静かに愛を育み、保つことに苦痛を感じるものです…そして、苦痛こそ愛だと思ってしまう
のでしょうか…

もちろん、肉体の苦痛にさえ、幻影のような愛を感じ、性の悦びさえ感じてしまう。堕ちていく
先に、愛が幻影のように瞬くことがあるのかもしれません…でも、それは決して抜け出ることの
できない呪縛ではないでしょうか…」



かすかに降り続いていた雪がやんだ。湖の彼方の山々を越えた空が晴れわたった夜空に変わる。
目の前に横たわる湖が、冬の夜空を水の中に沈めたようにとぎすまされ、満天の星の煌めきを
静かに反射している。

私の視界の中が少しずつ潤み始め、瞳の中が涙で震えそうになっている。


老医師は、急ににこやかに微笑み、夜空を見上げながら言った。


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