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聖夜
【その他 官能小説】

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聖夜(その1)-6

結婚してから、一年もたたないうちに麗子に娘が生まれた。今から思えば、ほんとうにささやか
な家族の幸せの時間だったとK…氏は思っている。
そして、その娘がふたりの愛の固い絆となったものであることに、K…氏はこれまでなんの疑い
を持つこともなかったのだ。



サナトリウムの妻の部屋は、西棟の二階の個室だった。半年ほど何とか精神薬を服用させている
せいか、妻はきわめて落ち着いた様子だったが、ほとんど会話らしい会話をすることはなかった。

木製の趣味のいいベッドと椅子とテーブル以外何もない殺風景な部屋だったが、何よりも窓の外
に拡がる美しい樹木とその先に拡がる湖の風景が、部屋を心地よいものにしていた。
さわやかな涼しい風と小鳥の啼き声に誘われるように妻は、いつも窓から外の風景を眺めている
ことが多かった。

妻が療養所に入って半年ほどたったときだった。K…氏は麗子がいないマンションの彼女の書斎
の本に差し込まれていた写真をたまたま見つけた。

それは、ある青年と麗子がいっしょに写っている写真だった。麗子がまだ三十歳くらいの頃だろ
うか…明らかに麗子がまだ若い頃のときの写真だった。

そして麗子の肩を抱くよう並んだ若い男は、面長の目鼻立ちのはっきりした美しい青年だった。
年の頃はまだ二十歳前半の感じだった。薄い眉、どこか澄みきった瞳、引き締まった肌をした体
つき、そして何よりも、麗子の肩を抱いた手の指は、硝子細工のように細く優雅で美しいもの
だった。

写真の裏側には、S神学校にて…という文字が綴られてあった。神学校…この青年が手にした
聖書らしきものから、青年はこの学校の神学生のようだった。

妻がその青年といったいどういう関係だったのか…

K…氏の中に一瞬、青年に対する嫉妬の感情がじわりと滲みでるように湧いたのは確かだった。



「…ごめんなさい…あなたにずっと黙っていたけど、昔、好きだった人がいたの…ほんとうに
びっくりしたけど、今日、湖畔を散歩していたら、その人に偶然会ってしまったわ…」

麗子はサナトリウムのベッドから起き上がり、K…氏と目をあわすことなく窓の外を見ながら
突然言った。いつもは言葉を失ったように、K…氏と交わす言葉も少なかった麗子の言葉に
彼は驚いた。

窓の外は、闇を白くベールで包みこむように雪が降りしきっている。痩せた肩から背中にかけて
艶やかな麗子の髪が伸びている。ピンク色の薄いナイトガウンに包まれた麗子の細く華奢なから
だの線が、K…氏にその布地の下の懐かしいなだらかな乳房と淡い繊毛で覆われた性器を感じさ
せた。

窓の外を眺める麗子の瞳が、なぜかあの青年の残像を愛おしく求めるもののような気がした。

K…氏は、思わず背後から麗子を抱きしめたくなった。でも、K…氏にはなぜかそれができなか
った。自分の妻だというのに…自分だけのもののはずだった…自分だけと性を交わし、自分だけ
を愛した妻だったはずなのだが、麗子がどこか遠くにいる存在に霞んできたのだった。



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