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Jo,s BAR
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Jo,s BAR-1

Jo,s BAR

元町の裏通りにあるその店を訪れたのは十年ぶりの事であった。
薄暗い店内には丸テーブル三つ。
五、六人が限界のバーカウンター。
そのカウンターの後ろには無数の酒瓶。
そして年代物のジュークボックス。
音楽にあまり関心のない私でも知っている様なスタンダードなジャズが入っていた。
だが、このジュークボックスが鳴っているところを見た事はなかった。


つまりはこの店に音楽はない。
つまむ料理もない。
くつろぐ椅子もない。
あるの物といったらグラス一杯の酒。
そして…。

「カティサーク…ダブルで」
私の口をついて出たのは十年ぶりのセリフだった。
たぶん十年前と同じバーテンなのだろう。
無口な中年男が黙ってショットグラスに琥珀色の液体を流し込む。
強いこだわりがあるわけではないが、この店で飲む物はいつもカティサークだった。
実際、あの深緑の壜に入ったスコッチ・ウィスキーの味が好きだった。
そして両切りのポールモール。
随分と肩肘張った生き方をしてきた。
そんな気がしてきて私の口元に微かな笑みが浮かぶ。
今となっては両切りのポールモールはこの世に存在しない。
“おまえはいつまで…そのままでいられるんだ?”
私は古い帆船の描かれた黄色いラベルをいとおしむ様に見つめた。
歳を重ねるとは。
大切な物を少しつづ失ってゆく事なのだろうか。
十年前と同じ店で。
十年前と同じ酒を飲んでいる。
だが十年前はショットグラスの脇に必ず置いてあったエンジ色の小さな包みはもうこの世に存在しない。

あいつもそうだ。
私の事務所の外で雨に打たれ震えていたあいつ。
まるで猫の様な瞳をしていた。
奇跡を信じるかと大真面目に聞いてきたあいつ。
あいつに言わせれば私と出逢えた事すら奇跡だそうだ。
白い肢体をしなやかにくねらせ…私を貪り続けたあいつ。
普段は裸のまま平気で私の事務所の中をウロつくくせに。
愛し合っている最中にその姿を見られるのを恥ずかしがったあいつ。
胸が小さいのがコンプレックスだと顔をしかめたあいつ。
だが、その胸を愛撫される事を何よりも好んだ。
私の腕の中で夢見る様に瞳を閉じているあいつ。
私が眠るとイビキがうるさいとよく私の鼻を摘んできたものだ。
私の為に慣れない手付きで朝食を作ったあいつ。
結局、途中から私が作る羽目になって。
あいつが最後まで作ったのは、ほんの数回だったが。

そして病室のベットで静かに眠りについたあいつ。
名前を何度呼んでも二度と目を開く事はなかった。

あいつと出逢った頃は二人してこのBARに来たものだった。
カティサークと両切りのポールモール。
今はもう両切りのポールモールは存在しない。
そしてあいつも。

BARの外では低い霧笛の音だけが響き渡っていた。



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