愛を知らない役者 (後編)-9
ちょっ、ちょっと待って、ダニエル!
あなた、なぜそんなに味の好みがあるの!?」
オリヴィアが突然うろたえたので、俺も驚いてしまった。
「なぜって…変なことか?
俺は今までも、苦手な味のヤツはいましたよ?
まぁ、好みが限定されたのは初めてだけど…」
「そりゃ、性格の悪いヤツは不味いわよ?
でも、味の好みって…聞いたことないわ。
ねぇ、ガルハーン?」
「え?…いや、オレは他の人のは飲んだことないから。
好みがあるのは、おかしいことなの?」
ガルハーンは目をぱちくりさせている。
「おかしい、と思うわ。
わたしはそんな事、独りだった頃に起きたことは無いわ。
ダニエル、どんな味が好みなのか、もう一度教えて?
それに、なぜその味が好みになったのか、わからない?」
そう言われたので、俺はアンジェリカに出会ったいきさつや、その後の旅について話した。
「…つまり、一年ほど前に、そのアンジェリカを飲んだ時から、彼女の味が忘れられないと言うこと?」
「…そう、ですね、たぶん」
オリヴィアは、少し黙り込んだ後に、恋人へ向かって言った。
「ねぇ、ガルハーン、わたしの味、好き?」
「へ?もちろん好きだよ。
甘くて、とろけるようで、…あ、飲みたくなってきちゃった」
そう言うと、ガルハーンは椅子から立ち上がり、ソファに座るオリヴィアの横へ滑り込んだ。
彼のいた椅子には、彼の肌と同じ色に汚れた布が残され、彼がオリヴィアへ顔を寄せた時、2つの赤い斑点が、彼の首筋に現れているのに気付く。
―ぺろっ
「あっ、ちょっと、ガルハーン!
今、大事な話をしようとしてるのよ?…んっ!」
「オリヴィアの味を思い起こさせた、オリヴィアが悪い。
オレは我慢して、わざわざ離れた所に座っていたのにさ」
部屋着と思われるオリヴィアのローブのひもを弛めると、首元をくつろげたガルハーンは、さっそくその場所に噛みついた。
「…ひあぁっ!
やぁっ、お客様の前よ、ガルハ…ぁン、んぁっ!」
―じゅるっ、ぞぞっ
夢中になって貪るガルハーンを、俺はまじまじと見てしまった。
何しろ、他人の吸血を見るのは、初めてだったから。
それに、愛の行為に溺れている二人の姿は、本当に美しかった。
一千年の艶やかさを持つ美女と、オトナのオトコの顔をした美しい男妾。
「もぉ…だめぇっ、んあっ、恥ずかしっ…!
ガルハぁんっっ、ダメよぉ…!
だっ、ダニエルにっ…お話、するんだからぁっ…!」
「…おはなし?」
血濡れたくちびるを離し、ガルハーンはオリヴィアを解放した。
食事真っ最中のガルハーンは、白く長い牙が光り、くちびるは赤くつややかで、自分も同じヴァンパイアながら、世にも恐ろしい顔だった。
「んはぁっ…ダニエル、に…大事な話、を…はぁっ…」
息も絶え絶えなオリヴィアを見て、にやりと笑うと、ガルハーンは言った。
「オリヴィア、オレはオリヴィアしか飲んだことないけど、分かるよ、オレの好みの味は、オリヴィアだ、って。
これが、ヴァンパイアの言う"愛を飲む"、ってことでしょう?
…ねぇ、ダニエル?
きみがなぜ、その娘のところを去ってしまったのかまでは分からないけど…。
愛するひとの血っていうのは、無条件に美味しいし、いつ何度でも飲みたくなるものなの。
――つまりね。
きみはもう、"永久の伴侶"を見付けてるんだ。
さぁ、オレはまだ飲み足りないんだよ。
ダニエル、オレ達の愛の営みを、まだ視姦し続けるつもり?
オレとしては、オリヴィアのこんないやらしい姿、誰にも見せたくないんだけど?」