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熊次郎の短夏
【家族 その他小説】

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熊次郎の短夏-5

もうちょっと……もうちょっとおってくれんかなァ……。
見えんでも良かったい、見えんでも。
お前が傍におるってことは、ちゃんと感じるこつが出来とっとやけん。

もう堪え切れず、熊次郎は大きく肩を揺らしながら泣いた。
ひとしきり泣いて、遺影の中の絹江を見た。

笑っている。
優しい表情で微笑んでいる。

そう、絹江はいつでも熊次郎のことを温かい笑顔で見守ってくれていた。
帰ってくる期間が短かろうが、傍にいるかいないかというだけで、絹江はいつでも熊次郎に優しい眼を向けている。

「はああぁぁ……絹江……」

熊次郎はムクッと起き上がり、年季の入ったゴツゴツした手できつく瞼を擦った。

「俺が泣いとったらいかんない。……うん、ぼちぼち畑に行って来んなァ」

深く刻んでいる口元の皺をクッと引き、遺影の絹江に屈託ない笑みを投げかけてから踵を返す。が、またすぐにその足を引き戻した。

「あ、そうそう、絹江にもう一つ言うとかなん事があった。あんなァ、俺ん耳なァ、去年よりも少しばかり遠くなっとる。だけん、来年帰ってきた時はな、今年よりもせわしく動いてくれ。そっとなァ、音もしっかりと出してくれ。なっ、頼んだばい」

そう言い、熊次郎はもう一度にっこりと笑った。
齢75歳の熊次郎、その笑顔はなんとも良い笑顔だった。






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