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熱帯夜-9

「ね、アヤカちゃん。色々教えてあげたかったんだけど私受付してくるね。大丈夫?」

「はい!…でも、受付終わったらすぐ来てくださいねっ」

「うん。それでは伊田さん、私ちょっと外しますね。アヤカちゃん、優秀なんで安心してください」

私は一礼して、来店したばかりのお客の元に急いだ。

「いらっしゃいませ。今日はどのように致します?」

そう言いながら、私はカウンターの下から顧客帳簿を取り出す。

「そうですねー…」

帳簿から顔を上げた瞬間、ドクンと心臓が鳴った。
他の客に付いているはずのカナがスッと通り過ぎて行ったからだ。
そっちには何も無いのに…。
カナはある一点を見つめ瞬きすらしない。
その視線の先を辿っていって私は目を疑った。

「ごめんなさいね、アヤカちゃん」

「いえ、いいんです。えーと」

伊田さんが雑誌を落としてしまったらしく、それを拾おうとアヤカが床にしゃがみ込んでいる。
それに向かってカナはずんずんと進んでいた。
誰もそれに気付いていないようだ。
カナの客もパーマ中のようで、雑誌に目線を落としている。
カナが台に近付く。
手が─…伸びて─…。

「アヤカちゃんっ!!」

「え?」

──ガシャァァ……ンッ!!

「きゃあっ!」

叫んだのは伊田さんだった。
その横で口元に手を当てたカナが目を丸くして立っていた。

「……な、に?」

間一髪の所で立ち上がったアヤカが、雑誌を手に持ったまま呆然と立ち尽くしていた。
それなりに重量のある台は、数秒前までアヤカがいた場所に倒れ、二人の足下にはドライヤーやカーラーなどが派手に散乱していた。
そしてその中にはパックリと口を開けて、鈍く光る私のハサミも…。

「あ、イッ……!」

そのハサミで切ってしまったのか、ショートパンツを穿いていたアヤカの足には切り傷が出来ていた。
少し血が滲んでいる。

「アヤカちゃん、大丈夫!?」

私はアヤカに駆け寄る。

「ア、アヤカ…」

近くにいたルイもアヤカを心配そうに覗き込んだ。


「…大丈夫、大丈夫です。思ったより…たいしたことないし」

えへへ、とアヤカは力無く笑った。

「あ…カナ……カナ……」

カナにも何人か駆け寄り、大丈夫かと声をかけていた。
その中にはタカヒロやチーフもいて、ジュンと藤が少し離れてその様子を見ていた。
二人は何か話しているみたいで顔を見合わせて、頷いたり首を振ったりしていた。

「カナ、大変なこと……ごめん、なさい…」

ぽろりとカナの瞳から嘘臭い涙が零れた。


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