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熱帯夜
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熱帯夜-3

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『昔の話だろ。もうそんな速く走れないよ』

受話器の向こうから聞こえるアキラの笑い声は、どこか寂しそうだった。
まだまだいけるよと言ったら棒読みだぞ、気持ちがこもってないと返される。

『あれからもう何年だ?まだ十年も経っちゃいないと思うが』
「小学生の時だから干支が一回り以上だぞ。惚けるには早いんじゃないか」
『言うなぁ。もうそんなになるのか、なんか全然実感ないな』

アキラの言うとおり、まるで、とまではいかないがもう十年以上も過ぎたとは思えない。

俺達はその後中学はバラバラになり、高校から離ればなれになった。
だが、電話だけは忘れなかった。会う事は少なくなったが、今でも週に何日かは話している。
特に忘れない様に意識したわけでもなく、友達だから話していただけだ。

もう曲がりなりにも大人になり、日々自らの力で生きている。


「結局俺は一度もゴール出来なかったよ。お前達が速すぎてさ」

『・・・なに、言ってんだ。一番速くゴールしただろ』

声のトーンが落ち、静かにからかう様な返事が返ってきた。
何の話だ、と首を傾げたがすぐに思い出す。そうか、そういう言い方もあるか、成程。


『式は来月だよな。見てろ、レースで一度も勝てなかったのをばらしてやっからな』

「ああ、出来るだけ脚色して来る人達を笑わせてやってくれ。おめでたい席だからな」

『えー、じゃあやめた。盛り上がるのは面白くない』


考えた事もなかった。
俺が、みんなの中で最初にゴール、か。

こういう形で叶うと、あの頃のまだ夢中で追い掛けるしかなかった俺は想像出来なかった。

窓の外を見ると、こんな時間なのに小学生らしき集団が自転車で走っているのを見かけた。


先頭に追い付けず、それでも必死に走る子を見ながら、俺は静かに微笑んでいた。



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