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「ブラックインクソング」
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「ブラックインクソング」-1

永遠に愛を誓った二人は、多くの場合愛を忘れ、慌ただしい日々を言い訳にして、平凡な生活の中で少しずつ少しずつ何かを磨り減らしていく。
例えば君の裸を見て、僕が興奮しないばかりか、文字通り何も感じなくなったのは一体いつからだったろう。
あるいは、君が僕の求めに対して拒否を示し、あるいはただ義務的に、求めに応じる様になったのはいつからだろう。

総じて、人が永遠の愛を誓う事は、出来もしない約束をするのと同じで、仮にそうでないなら、つまるところ愛の定義に問題があるのだろうと僕は思う。

そしてそんな日々の中で磨耗し、疲れ果てた人々は……言い換えれば、僕と君は。あるいは、あなたやあなたの恋人は、口を揃えて内心を呟く。


……寂しい。


僕は君の中に入り、腰を動かし、最早演技も情熱もないセックスに興じながら、君の脱け殻の様な横顔を見るとき(君はいつも僕と目を合わせないように、僕に抱かれている時にはそっぽを向く。…思えば、それもいつからだったろう?)そんな時、一層強く空虚な孤独を感じる。
「そろそろ、出すよ」僕が言う。
「外で」
「うん」

避妊しているのに彼女の外で射精するのは、彼女が妊娠を怖れているからで、僕は家には三歳の娘が一人しかいないのだから、もう一人くらい、と思うのだが、彼女は違う。
彼女はいつかこんな生活が終わり、いつか子供を引き取り、娘と二人きりの生活になるであろう予感を、根拠のないままに感じ、そしてそれが、まるで高名な予言者によるお告げの様に信じている。受け入れている。
その事実が僕を苛立たせる。行き場のない哀しみが、僕の胸に渦巻く。
そして僕は三箱980円のコンドームの中に射精する。三箱980円? 考えて僕は苦笑する。なんだ、このセックスにはそれほどの価値もないんだ。
行為を終えると、僕らは黙って服を着て、君は娘の隣で眠る。僕は黙って寝室を出て、居間のソファで煙草を吸う。そんな時、居間はいつもより静かに感じる。静寂、沈黙。

翌日会社から戻ると妻と娘は実家に遊びに行った後だった。また戻って来るのか、二人はもう戻らないのか、僕には判断出来ない。
コンビニ弁当で夕飯を済ませ、一服をしたあと、僕は隣の部屋の棚から隠してあった黒いペンキと、真っ白い新品のハケを持って来る。
そしてハケにドロりとしたペンキをとり、テレビの画面を塗り潰した。それから、カーテン、テーブル、パソコン、壁紙、部屋の中のあらゆるものを適当に塗りつぶしていく。
狂った様に部屋中を黒く塗りつぶしながら僕は思う。

これで何かが終わるだろうか、それとも、それでも尚、何も変わらないだろうか?

最後にペンキをぶちまけ、その中に寝転がり、僕は笑いもせず、泣きもせず、ずっと黙って待っている。君の帰りを怒りを何かの終わりを、僕は待っている。


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