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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-8

「いや、私たちが用心すればいい。ロイドはさっき、あの人達に南へ行くと言った……裏を掻いて南に行かなければ良いだけの話さ」アラスデアはアランの声が沈んでいるのを察知した。南に行けば、港がある。アランが海に抱いている思いを知っているから彼女がどれだけ落胆しているのかもわかった。旅の間、彼らはほとんど森をでていない。どうしても必要なものを買いに街に出る時は、目深にフードをかぶって、必要な物を買い込み、そそくさとの場を去るのが常だった。それでも気晴らしにはなる。だが、その気晴らしも、最近は絶えて無かった。

「……本当に裏切るかな、あの人達は?」

クラナドの居場所を密告すれば、1ルクスの報奨金がもらえるのだ。1ルクスあれば、つましいまでもも半年は働かずに暮らせる。義理を感じるほど長いつきあいではないし、チグナラとクラナドが、もともとそこまで友好的な関係を築いているわけではない。もっとも、友人だと思っていた相手に裏切られることさえ珍しくない時代だ。

「どうかな」アランはため息をついた。「至る所に住んでいるものは、どこにも住んではいないのだ――ってね。カルディフにだっていつかいけるだろ。みんなが起きたらロイドに知らせよう」

 ため息が曇った。春は近いというのに、日差しは姿を見せない。最後に日の光を見たのはいつのことだろう。後どれくらいの間、こうやって人を疑い続ける日々が続くのだろう。



 チグナラと別れた後、一行はカルディフから行き先を転じた。ロイドの念頭に目指す場所があるわけではない。森の中を歩き回り、クラナドを見つけて情報交換をする。アランも今では、自分たちの役割が理解できるようになってきていた。ロイドは雄花の花粉を雌花に届ける蜂だ。ばらばらに咲いているだけでは意味のないものを、届けて、つないで、実を結ぶ手伝いをする役目。なるほど、そう考えると、彼らはまるで働き蜂のように、休み無く常に移動を続けていた。アランは常に身軽でいるために、必要最低限の荷物しか持たずに旅をすることを覚え、持ち運べないものは頭の中にしっかりと留めておくようにした。忘れてしまうと言うことは、さほど重要ではないのだ。自分にそう言い聞かせることで、忘却の恐怖を脇へ押しやった。



「ライサンダー、事態は一刻を争う」腕を組み、ロイドに向かって眉をしかめたジェラルド・マーセラは言った。「我々の斥候が情報を手に入れた。国王はセバスティアヌスをエレンの王座に据える気です」

 アランやグリーアの口をついて出る悪態を、ジェラルドの義勇兵たちは重々しく受け止めた。ロイドは身動きせずに、アラニ――猟犬たちという意味を持つ――の兵達を見つめた。獲物を目の前にした、まさに猟犬さながらに、目を光らせてロイドを見つめ返している。四十年の苦難の果て、待つことしかできなかった長い長い日々を終わらせる時を待ちわびているのだ。アラニの兵達は、勇ましい肩書きやたいそうな大儀だけを求める、他の者とは違う。牙を研ぎ、爪を研いでその時を待つ飢えた犬たちだった。ジェラルド・マーセラは、軍の長として何人もの部下の命を預かり、それが失われるのも見てきた。十年前には、トルヘア各地で盛んに反乱を起こしていたが、最近はロイドの言葉に従って荒っぽい行動は起こしていない。最近は、もっぱら諜報活動を行い、トルヘアの動きを逐一ロイドに報告している。

 マーセラはまだ少年っぽさが残る顔立ちをしているが、そこには甘えや媚びはない。そう言ったものを彼方に置いてきて久しいということは、彼の身の上を聞くまでもなく感じ取ることが出来た。軽率な男ではない。その彼までもが、期待に満ちた表情でロイドの言葉を待っている。


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