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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】十章:傷ついた獣-2

 ――この剣を祝福し給え。この剣が、教会と寡婦と孤児を、そして神に仕えるすべての者を、粗暴なる異教徒から、防ぎ、守るために用いられんことを。



 祝福を受けているのはウィリアムだった。ここのところ、忙しくて顔を合わせる暇もなかった。久しぶりに見るウィリアムの顔には疲れが浮かび、緊張に強ばっている。教父は、剣を捧げ持って祈りを捧げた後、いったんそれをウィリアムの手に返した。アランは、本能的にその儀式を邪魔したい思いに駆られたが、思いとどまった。教父は再び剣を手にすると、うなだれるウィリアムの首筋を3度、軽く叩いた。ウィリアムの腰に剣をつけると、今度は再びウィリアムが立ち上がり、剣を3度振った。周りから拍手があがり。彼の出陣の準備が整ったこと――そして、晴れてトルヘア国教の神に忠誠を誓う騎士になったことがわかった。「粗野な異教徒」ね。と、アランは苦々しく思った。くれぐれも、自分がまだ国教会の洗礼を受けていないことを悟られないようにしなくては。アランは用心深く辺りを見回して、ブルックスの鐙に足をかけた。



 アランは、一日の行程の間中、コルデン城の騎士から離れた場所で馬を進めていた。百人の兵士達は幾手かに別れて森に入った。そのため、一団が二十人弱の部隊での行軍となった。悪魔というのがどれほど恐ろしい物なのかはわからないが、二十人もいれば大抵の悪魔には勝てるだろう。そもそも、「大抵の」悪魔がどんなものかもよく判らないが。兵達の口数の少なかった。

 アランの隊には、顔見知りが2人いた。ウィリアムともう一人、彼らより年上の騎士、名前をロバート・マロリーと言った。形の悪い大きな鼻が顔の中央にでんと居座っていて、高慢そうな表情を滑稽に見せていた。彼はこの部隊を率いることになっていて、常に前方にいた。アランはこれ幸いと、頼まれても居ないのにそそくさと最後尾に付き、殿をつとめた。夜の間にこの森に来た時には、草葉の陰と夜空の区別が付かなかったが、今上を見上げれば、葉が作り出す様々な光の色まで見ることが出来た。その光に、甲冑がきらりきらり時らめいている。しかし、このうららかな気候の中でも鳥たちは押し黙り、獣たちの気配もなかった。いきなり森に進入してきた兵隊達におびえているのだろう。

「アラン」

いつの間にか、ウィリアムがアランの横に馬をつけていた。

「ああ、ウィリアム。調子はどうだ?」

「いつもと変わらないよ。教父様に祝福してもらったからって、何かが変わる訳じゃないみたいだ」ウィリアムがそう言うと、前を歩いていた修道騎士が咳払いをした。ウィリアムは「失礼」とつぶやいて、アランに向かって笑って見せた。ここ数日、張り詰めた雰囲気だったウィリアムだったが、出陣してみていくらか気が楽になったのだろう。アランも笑い返した。

 アランは気づいては居なかっただろう。隣でその顔を見つめるウィリアムの心中を。何をしてでも彼女を守り抜きたいと決意した、彼女だけの騎士の心を。

 やがて日は暮れ、薄紅色に染まる空を背景に、黒い木々の陰の影絵が浮かび上がった。冷たい風は夜の気配を運んだ。緊張は常に彼らの体を強ばらせ、幾度かの休憩を挟んでも、ぬぐいきれない疲労感が肩にどっと押し寄せていた。森の木々がまばらになると、代わりに霧が立ちこめてきた。近くに川か、池があるのだろう。不格好な柳の木がちらほらと見える。太い幹の先端についた瘤から細い枝が空に向かって一様に伸びる姿は、頭の上で突っ立った髪の毛のようだ。

「見つからないな」ウィリアムが言った。完全に日が暮れてしまうまで足を止めない事になっていた。一行は押し黙ったまま、薄闇の中に油断無く目をこらしつつ進んでいた。


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