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『Scars 上』
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『Scars 上』-15

家に着いたのは、夜中だった。
俺がこの時間に帰宅することは、珍しくない。
普通なら家族は皆、寝静まっている時間。
それなのに、リビングには薄明かりが点いている。
嫌な予感がしていると、リビングから兄が顔を覗かせた。
「………」
「………」
お互いに無言。
何も言わずにリビングに戻っていく兄。
こんな時間にスーツを着ているのを見ると、今日は夜勤らしい。
兄がネクタイを締める、布擦れの音が聞こえる。
俺はそんな兄を無視したまま、リビングの横を通り抜けようとした。
優秀な外科医である兄に、出来の悪い弟がかける言葉も、かけられる言葉もない。
「伊織」
背中で聞く、兄が自分の名を呼ぶ声。
意外だった。
兄に名前を呼ばれるのは、いつ以来だろう。
「あまり母さんに心配をかけるなよ」
そう言われて、俺は自分が酷く薄汚れていることに気づいた。
公園での乱闘を思い出す。
「くっ……」
どうしようもない恥ずかしさがこみ上げてきて、俺は階段を駆け上がる。
一度も兄と目を合わせることのないまま。
死ねよ、クソ兄貴。
部屋のドアを乱暴に閉めながら。
俺は、意味のない悪口を心の中で叫んだ。





乾いた音が聞こえる。
閉じたままの扇で手を叩く音。
何か考え事をするときの、俺の癖。
「久留宮明日香。白嶺女子高等学校一年五組。十六歳。家族構成は、父、母との三人家族で――」
青い空の見渡せる屋上。
古ぼけて、日に焼けたビーチパラソル。
どこからか拾ってきたらしいボロい革張りのソファー。
俺はソファーの上で、片膝を組んでニワトリの報告を聞いていた。
「柴田浩太郎。無職。十八歳。家族構成不明。昼間は鳶職をしながら――」
目を閉じる。
春の気温は三寒四温。
今日は、どちらかと言えば温かい。
風の当たる屋上にいても、寒くはなく、むしろ心地よい。
俺が座っているこのソファー。
これはかつて鮫島が座っていた、いわば桜花の玉座らしい。
なんとみすぼらしい玉座か。
あちこち破れ、タバコで焦げた跡がある。
こんな場所に固執していたのか、鮫島は。
まあ、他人の固執していた場所を奪うのは、悪い気分じゃないんだが。
「――以上、久留宮明日香と柴田浩太郎の詳細す」
報告を終えたニワトリは俺の横で直立する。
「あれだけの情報でよくここまで調べたもんだ。ストーカーの才能あるぜ、ニワトリ」
「恐縮す!」
半分馬鹿にしてんのにな。
ニワトリは俺と目を合わせることなく空の一点を見つめている。
何をビビってんだか。
「最近、随分派手に暴れてるって噂だよ、その二人」
脇に置かれたベンチにだらしなく座って、鏡を見ながら化粧を直しているマツリが補足する。
「ま、イオリが気にするほどじゃないと思うけどね」
鏡を閉じたマツリがしなだれかかってくる。
暑苦しかったが、いつものことなので気にしないことにする。
猫にじゃれつかれているようなものだ。
「で、やんのか? そいつら」
校舎の壁に背を預けて腕を組むレイは剣呑な笑みを浮かべている。


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