愛を知らない役者 (中編)-4
水のような女に触れたことで、海へ出たい気持ちが後押しされたようだ。
宿を出て愛馬を受け取り、波止場へ向かうと、そこにいた船の1つに、ふらりと乗り込んだ。
人の輸送も兼ねた貨物船。
一等が空いていたので、くちくなった腹を抱え、すぐにベッドに潜り込んだ。
朝、目覚めた時にはもう、船は大海原のど真ん中だった。
自分の足で歩くでもなく、自分で乗り物を操るわけでもない、船での移動。
行く手に広がる南国の海を、見るともなく目に映す。
暖かい日の光を浴びて、俺は頭を無にした―…。
…―はずだった。
目に浮かんだのは、月明かりで、くちびるの小川の水を光らせた少女。
冷たいキス。
指でなぞった細い首、腕に包んだ、まだ固さの残る肢体。
そしてあの―…甘美なる味!
あの"味"が忘れられず、俺は自分の流儀を破り、ひと月に一度は、同じ年頃の少女を探すようになってしまったのだった。
一年前のあの少女は、今頃どうしているだろうか。
瞳を閉じて、まぶたに日光を当てながら、彼女に想いを馳せた――。
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「はい、カーット!
いいねぇ、"ダニエル"君。
彼女を思い出して舌舐めずりする表情(かお)なんて、非常に官能的だったよ〜」
「ありがとうございます、監督」
「うん、いいねぇ、ヴァンパイアの貴族のオーラが出ているよ。
うっかり"ホンモノ"になっちまわないでくれよ〜?」
ハハハ、と笑いながら、監督は次の撮影現場に移っていった。
いくら、"俺"が役になりきるタイプの役者とは言え、"ホンモノ"になっちまいそうなくらいに合った役をオファーしてきたのは、そっちだろうに。
どうやら褒めてくれているのだろう、とは思うが。