愛を知らない役者 (前編)-3
滞りなく食事が終わり、とっぷりと日が暮れて、強く妖しい光の月が出る。
緊張の給仕を終え、勝手口からするりと暗闇へ抜け出たアンジェリカに、不死の者が近寄る。
「やぁ、アンジェリカ」
「―…っ!
あ…ダニエル様。」
「遅くまですまなかったね。
これから俺、馬の世話をしようと思ったのだけど、アンジェリカ、俺の愛馬で送っていくよ」
妖しい笑みを浮かべる俺。
実は、食事中の会話で、俺が"卿"という位を持ちながら、金に困窮していることが分かってしまっている。
俺は、諸国を廻り修行中の身なのだ。
…と、いうことにしてあり、自分で馬の世話をすることにも、なんら問題は無い。
もちろん、送るという申し出を、アンジェリカは断った。
そして、ここで初めて、俺がヴァンパイアであることが明らかにされるのだ。
―ヴァンパイアは、他人を操れる。
口元には笑みを湛えたまま、漆黒の瞳が、赤く、青く、グリーンに、そして金に、色を変えると、アンジェリカは頷いてしまうのだ。
亜麻色の毛の馬を、アンジェリカを胸元に抱えて操るヴァンパイア。
月が照らす小川のほとりへ差し掛かると、馬の動きが鈍くなる。
「すまない、アンジェリカ、愛馬が腹をすかしているようだ。
こんな夜中だが、少し休ませてやってもいいかい?」
若者の腕の中で頬を紅潮させていたアンジェリカは、一息つく為に、急いで馬を降り、小川へ足を向ける。
それを、飢えた瞳で追うヴァンパイア。
馬を繋ぎ止めると、13歳の少女へ魔の手を伸ばす。
すでに、牙が軽く主張を始めていた。