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カコミライ
【大人 恋愛小説】

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カコミライ (4)今の私-5

「もし最後のお願いで、口にキスして?って言ったらしてくれる?」

「ごめん、出来ない」

 迷いない答えだった。
 薄茶色の瞳が私を見つめる。澄んだ眼差しに、歓喜に打ち振るえてしまいそうな心を叱咤して、ちゃんと現実を飲み込んだ。

「うん、それでいいよ。じゃあね。もう会わないよ」

「香子ちゃん」

 私の大好きな人が、私の名前を呼んだ。

「なに?」

「今までありがとう。香子ちゃんのおかげで不安に押し潰されそうな日も楽になれた。ありがとう」

 あぁ、海の声はいつだって優しい。

「今度は、彼女さんにその不安をちゃんと伝えなよ。じゃあ、さよなら、ね」


 海の横を通り過ぎなから、もう一度呟く。


「さよなら」


 これでさよなら。



 足をゆっくりと進める。
 休日の街には人があふれている。人の波は、まるで建物ごとラッピングされたような彩りよく飾られた通りに吸い込まれていく。その中に混じりたいのに、足は鉛を埋め込まれたように重かった。

 家族、恋人同士、沢山の笑顔の花が咲く中で、私の存在だけが異質だ。丸い球体だらけの中に放り込まれた、でこぼこな形をした私。世界から爪弾きにされたような錯覚に襲われる。
 俯きがちに歩くと、コンクリートの固い地面だけが視界を支配する。くすんだ灰色が私のようだと思った。

 兄の彼女の彼氏に惹かれて誘うようなやな女で。
 認めたくないことは、蓋をして逃げるようなバカなことしか出来なくて。
 人を責めるばかりで、自分のやっていることに向き合わない狡い人間で。


 そんな狡くて、バカで、やな女な私なのに、過去の私も、未来の私も、全部ひっくるめて愛してくれる人なんているのだろうか?

 自問自答するように湧いた疑問を、かぶりを振って否定する。


―――いない。いるわけがない。




「いるよ」

 もう振り返らないつもりだったのに、背中に掛けられた声に弾けるように海の方へ体を向けてしまった。

 だって、もう距離が離れているのに。
 だって、私は何も喋っていないのに。
 どうして海はこんなにも穏やかに私に語りかけてくれるのだろう。海の言葉は続く。


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