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帰らぬ夏
【フェチ/マニア 官能小説】

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帰らぬ夏-2

 それは5年生のときの思い出だ。学校から帰ると、なんだか少し体がだるい。どうやら風邪で少し熱を出したようだ。母は私を近所の医院に連れて行こうとした。私は行かなくても大丈夫だと言って強く抵抗した。じつはその先生は、風邪で熱を出した子供のお尻に注射することで有名な先生だった。私も何年か前にされて凄く痛かった思い出があったし、もうこの年になって先生の前でお尻を出すのもイヤだった。
 私は母に追いかけられて捕まり、いきなりスカートの上から平手でぴしゃりとお尻をひっぱたかれた。それでも逃げようとした私を母は自分の膝の上にお尻がくるようにうつぶせに乗せて、黙ったままそのお尻を平手で連打し始めた。ピシャピシャというイヤな音がした。私はすぐに謝って母に従う以外になかった。どうせお尻への注射は避けられない。それ以上抵抗を続ければ、母にひっぱたかれて紅葉のように真っ赤な手のひらの跡がついたお尻を、先生や看護師さんの前で出さなければいけなくなってしまう。
 私は母の車の助手席に乗せられた。座るとお尻がまだ熱い。やばいなあ、お尻、まだ真っ赤かもしれない。
「何ソワソワしてるの? もっと小さい子だってみんな我慢してお注射してるのに、N子ときたら」
 母が呆れたように言う。
「うん……」
 ずっと冷や汗ものだったが、なんとか先生の前では白いお尻を出すことができた。

 コーチのケツバットは、死んだ母を思い出させた。すごく厳しくて痛いけど、それは妙に温かくて懐かしい痛みだった。
 もっとも、私はいまの母が好きだし、母に満足している。いまの母も遠慮なく私を叱るけど、手をあげることは決してなくいつも言葉で叱った。

 私たちのスタジアムにはナイター設備もあるし、室内練習場もある。室内だと、お尻の音がよけいに響く。その日、私はバント練習で何度もミスして、またコーチに呼びつけられた。いまの私はスタメンぎりぎり。コーチも3年生の私をなんとか大会に出させてやりたいと考えてくれていて、その分私は厳しく当たられた。
「コーチ、またお尻ですか」
 私は恐る恐る尋ねた。
「じゃあ、ビンタがいいの?」
「いえ、お尻がいいです」
 私は即座に答えた。自分でも驚くほどきっぱりした口調で。
「そうね。やっぱりお尻のほうが無難だわね」
 コーチは納得したようにうなずいて言う。初めからお尻と決めていたくせに。

 小学校の頃、父は単身赴任が長かった。前の母は家で仕事をしながら、私を厳しくしつけてくれた。叱られた理由は、門限破りや夜更かしが多かった気がする。時間には厳しかった。子供は子供らしく、大人の真似をしてはいけないともよく私に言った。でも高学年になると、夜更かしがなにか楽しくなってきてなかなか寝付けない。好奇心が花開き始める年頃だ。
 その日、母は仕事の打ち合わせに出かけて夜遅くなった。いま思うと、仕事のことで神経が高ぶっていたのかもしれない。
「こんな時間まで起きてるなんて。時間を守れない子には罰を与えなきゃね」
「ママ、またお尻?」
 私は恐る恐る聞いた。
「それじゃ、ビンタかお尻、どちらか選びなさい」
 珍しいこと言うな。でも私は迷わなかった。
「ママ、お尻!」
 お尻なら、たとえ痛くてもしかたないという気持ちが子供心にもあった。
「そうね、やっぱりお尻がいいわね」

 8月に入ると、秋の大会に向けた練習も本格化する。母は差し入れを持ってきてくれて、一緒にお弁当を囲んだりした。他の子の父兄も見学に来る機会が増えた。
「他のお母さん方がね、ほら、この間フェンスのところでケツバット。あれを見て、N子ちゃん、大丈夫かしらって」
「お母さん、何て言ったの?」
「あの子はあんなふうに華奢で幼く見えるけど、頑固だし、打たれ強い子なんですよって」
「うん、打たれ強いよ。お尻はすごく痛いけど」
 私は明るく笑いながら答えた。


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