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忘れること
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忘れること-1

誰かを本気で好きになることや心の底から笑うこと、例えば泣いて怒ったり、喧嘩したり仲直りしたりする、いわゆる感情のエネルギーを十分に使うことを“カッコ悪い”とか“面倒くさい”なんて思う様になったのはいつからだろう、と僕は考える。子供の頃は何もかもを臆せず行動したものだけれど、いつからか僕らは何もかもを怖がる様になってしまった。
そのことを先輩に言うと、彼女は笑った。それはそうと、先輩が笑いながら髪の毛をかきあげる仕草が僕は好きだった。
「それは貴方が大人に近づいている印よ。とても喜ばしいことだわ」
「素直に感情を表せなくなることが、喜ばしいことなんですか?」
「ある意味、ではね」
先輩は煙草をひょいと摘まんでくわえ、ライターで火をつけて深く息を吸い込んだ。ジジッと鳴って灰になっていく煙草の先を見ていたら、妙に悲しくって僕はたまらずに涙を流した。ポロポロと流れる涙に気づいて何より一番驚いたの僕だったのだけれど、先輩が優しく僕の頭を撫でたから、僕はそれを表現する訳にいかなかった。
「悲しいの?」
わかりません、と僕がかろうじて言葉にすると、くわえていた煙草を指先でつまみ、先輩はそっと僕にキスをして微笑んだ。息が詰まりそうになるくらい素敵な仕草だった。先輩の唇は、やっぱりというか、当然の様に柔らかくって、煙の匂いがした。
「貴方がそれを悲しいと思えることも、とても喜ばしいことだわ。貴方はまだ子供の部分を保っているってことだもの。ねぇ千明くん、だから泣かないで」
そう言って先輩が僕の涙をぬぐう。せつない、でも暖かい、それは何処にも行き場のない優しさだった。
「いずれ皆それを失ってしまうものなの。だから貴方も、それを大切にするのよ」
「暁先輩も、大切にしていたんですね」
僕のそう言った声は、夜空に吸い込まれて消えてしまった様に思えた。とても寒い夜だった。空からは雪が舞っている。僕らの息は白んでいる。
「もう昔のことだけれどね」




時間というものは不思議なものだ。僕らの味方にもなるし、敵にだってなる。時にやさしいし、時にはびっくりするぐらい冷たい。だから人間は、それに身を委ねたり恨んだりするのだろう。
先輩と僕との間の二年という時間は、決して埋まるものでもなく縮まるものでもない、という事実を僕は知っている。僕が二十歳なろうとせっせと準備をしている今この瞬間も、彼女は二十ニ歳へと着々とその歩みを進めいるのだ。僕がいかに早足で彼女に追い付こうとしても彼女は同じ様にスピードを上げてしまうし、僕がピタリと止まれば彼女だって後ろを伺いながらピタリと止まってしまう。決着のつかないおいかけっこ。僕はその関係に落胆こそはしていないけれど、やっぱり二年の歳月はとてつもなく大きい時間な訳で、それを感じる度に僕は落ち込んだりしたものだった。
僕が高校を卒業する年に先輩は成人になり、僕が成人になるころには先輩は大学を卒業する。いつまでたっても僕は後輩で、先輩は先輩だった。これからもその距離がつまることは無いと、そう信じていた。


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