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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-9--4

「そうですね、あの人とは大学でのクラブが一緒だった……というより、あの人がスカウトしてきたんです。私を」
 ――スカウト?
「映研でしたから。主演の役者を探してたんです。あの人は脚本と監督。晃さん……火口はあの人と親友でした。他にも沢山いましたけど、私と普通に会話するのはあの人ぐらいでしたね。当時は火口も私とはあまり話しませんでした」
 ――そうなのか?
「あの人に遠慮してたみたいですね。あの人と火口は、私に恋愛感情を抱いていたみたいです」
 ――随分、他人事みたいに言うんだな。
「そうですね。当時も知ってはいましたが、私は“そういった感情がない”ので。それに私にアプローチしてくる方、当時は少なくなかったですし」
 ――自慢を聞く気はない。なんで……
「あの人が私を襲ったか、ですか? さあ、私にはキッカケはわかりません。……でも、“凄く愉しい経験”でした……えぇ、とても。初めては、なかなか痛かったですよ? 想像以上に、ね……」
 ――……理解出来ない。
「まあ、しなくて構いませんわ。共感ってもらおうなんて思ってないもの。出来ればすぐにもう一度、愉しみたかったのだけれど。あの人は警察に捕まり、私は慈愛を身籠った。会いにいけなかった。私は慈愛の母親であるだけで精一杯だった」
 ――何が母親だ! あんな、あんな、酷い傷をつけておきながら!!
「先生? あなたの尺度で母娘〈私達〉を計らないでくださいます? 私は慈愛の母親なんです。いいですか?“私はあの子の母親なんです”」
 ――だからって何をしていいわけが、
「だから、“あの程度で我慢”出来たんですよ」
 ――……、あの、程度……?
「ああ、本当はもっと繋がりを感じていたかった。でも、親が優先すべきは子の成長だから。“例え繋がりがわからなくても”、ちゃんと血の絆がある。慈愛が成長すればするほど、私にそっくりになっていく……“だから最低限で我慢出来た”んです」
 ――最、低限? わからない、って、何が……?
「私はね、昔からそうなんです。“痛みを介してしか他者を感じられない”……慈愛ですらそうなんですよ。痛みに怯える時、痛みを与えて苦しむ時哀しむ時疑問を持つ時憎む時諦める時恐怖を感じる時……それだけは。その時だけは繋がっていられる。その他の喜怒哀楽、感情はないんです。痛みだけが唯一、心を共有出来る確かなもの……“痛みを介した喜怒哀楽全ては愉しいもの”」
 ――痛みしか……ない? なんだよそれ?
「それ以外は一切共有も共感も出来ないんですよ。痛みを与えるか、与えられるかしないと、ね。まあ共感は出来なくても、相手が何を感じているかは分かりますよ。だからそれに合わせたコミュニケーションをとることは出来る。でも、それって“愉しくない”……痛みを介さないと、私は他人を愉しめない。そういう意味で、あの人はとてもとても心地良かった。そして痛みの果ての命。血の繋がり。無償の愛情を注ぐには、充分過ぎる。母親にならない理由がない、あの子を愛さない理由がない、愛せない理由がない」
 ――わからない、わから……ない。
「慈愛は痛みの結晶だもの……ああ、産む時の痛みも愉しかった……人生で最高の幸せはあの時にあった。私の総てはこの時の、この子の為に在るのだとわかったの。だからね、私必死に我慢したの。“慈愛だけは最低限で済むように”」
 ――あれが……“アレ”は……
「あの人だって。……酷いわ、私はまだまだ足りてないのに……餓えてるのに。渇いてるのに。すぐに死んじゃった……“痛くなくなっちゃった”。だから」
 ――だ、から……
「あれじゃ全然足りないけど。でもね、あの人が痛みを感じながら……私があの人を“喰らった”時は。――よかったわ、凄くよかった……美味しかった……あの人は私とずっと一緒……ねぇ、先生?」
 ――………!
「私、いつまで慈愛を我慢出来るかしら? 今はもう、それだけがね、不安で不安で怖くて愉しくて仕方ないのよ。多分ね、そう長くないの。あの子を我慢出来る時間って。

 ――だって慈愛は、僅かに繋がりを感じることすら、許してくれないんだもの。そんなのいつか我慢出来なくなるに決まってる。母親の私も、私の中の怪物も。
 あの人を生贄にしたってね、痛みをひたすら求める怪物は、私の中にずっと居る――

 ねぇ、いつまで私は母親でいられると思います?」

 痛みを愉悦に変え、自らの娘の心から滴る血を僅かに舐めて餓えと渇きを少しずつ誤魔化してきた怪物は、生贄によって歯止めが利かなくなった。
 長年の飢餓は、たった一人の贄では足りないとひたすら叫ぶ。
 葉月は目を逸らせずにいた。
 怪物は、自らの手首の白い包帯をほどいていく。
 まるで葉月の心から噴き出す鮮血を味わうように焦らしながら、ゆっくりと――


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