逃げ出しタイッ!?-20
*−*
「雅美ちゃん、学校は?」
「ごめん、今日なんだか体調が悪くって、風邪かな?」
朝の喧騒の中、雅美はまだベッドの中。起き上がる様子もなく、ただ枕を抱いていた。
いつもなら自分から飛び起きて食パンにはみ出すぐらいバターを塗り、牛乳で流し込む彼女。
「そう、お熱はないのに変ねえ」
雅美は仮病を使っていた。
もちろん、体調は最悪で歩くことができないのは事実だが、感冒の類ではない。しいて言うなら暴漢の類。
「夏場の疲れがでたのかしらね。雅美ちゃん、がんばってたもんね」
「うん、お母さん、ありがとう」
「でもお母さん、パートに行かないと」
母のパートは近くのスーパーのレジ。朝の十一時から午後七時まで。夕飯はいつも八時ごろになるけれど、タイムセールで売れ残ったお惣菜が食卓を豪勢にしてくれるのがありがたかった。
「大丈夫だよ。ただの風邪だし」
「そう? それじゃお留守番お願いね」
「うん、がんばってね」
赤い目を知られぬように目をこすり、眠いのだとアピールしつつ母をかわす。
富子もそれに気づかぬ様子。理解があるというよりも娘に甘い母はそれを疑わず部屋を出る。その際、空いたペットボトル三本も忘れないのは、彼女の性格だろう。
――大丈夫だよね。だってちゃんと洗ったもん。
初めての行為を終えた陰部はジンジンと痛み、糖質を含むもので洗ったせいかかゆみがあり、まさに痛し痒し。
医学的にはなんの根拠もないことなのに、ウェブで検索すればいろいろな掲示板でまことしやかに「炭酸が精子を殺すから」や「糖のせいで精子が窒息するが、カロリーゼロだと効果は薄い」などと書かれており、医学知識のない雅美はそれを鵜呑みにした。
とはいえ、たとえウソでもすがりつきたい彼女は、それを否定する言葉を全て見ないようにしていたのだが。
――汚れちゃったの? 私……。
休むのは負けを認めるようで嫌だ。
けれど、この状況で彼らに会ったら?
もしまた体を求められたら?
乱暴な言葉で責められ、暴力に脅され、仕方なく身体を預けたわりに、なぜか喜んでしまう自分。
昨日はたまたま危険日兼、発情日が当たっただけと無理やりな答えをつけているが、それは妊娠の危険性を孕むもの。
――隆一君、処女上げられなくてごめんね。
何度となく妄想で身体を交わした相手は今頃男女問わず囲まれ、他愛のない話に終始しているのだろう。
彼は気さくで親しみがあり、話し上手の聞き上手。
誰でもきっと好きになれる、友達になれる人。
本当は自分もその他大勢の一人。
彼が話しかけてきてくれるのは、教室の隅っこで女の子同士固まっている彼女を不憫に思ってのこと。ノートを借りるには都合がいいから。
そう自虐的に解釈していた。