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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-8--4

 葉月真司は、閉じ込められた。
 あの後――《肉塊》を見た後、葉月は冷静さを失い、あの女、神栖の母親に追い討ちをかけられ、理性を失い……そこから記憶は途切れた。
 情けないとかそういう問題じゃない。あんな、笑いながら人の心を壊すような異常者に。倫理も法律もこれまで培ってきた知識や常識が、通用するわけがない。
 気がついたら、左の足首を拘束具で締めつけられ、鎖で繋がれていた。鎖はかなり長く、この地下の部屋から部屋を移動するには問題ないが、唯一の出口にはギリギリ届かない長さになっている。例え鎖がなくとも扉はあまりに頑丈で開かないだろうが、自由を奪われている事実に変わりなく、恐怖と怒りと焦りが、理性を苛む。
 もう一人、同時に閉じ込められた水瀬奈津美は、“壊れた”。止めようがなかった。水瀬先生の行動も、最悪に近い。
 それでもアレを見せつけられて、正気を失って、同じように閉じ込められて――それは罰ではなく、心をひたすら痛め歪めるだけの、ただの破壊だ。
 精神の、破壊。
 ここにいて、良いはずがない。早くここから出て、神栖をあの母親から引き離さなければ。
 あの怪物から、生徒を守らなければ――。
 その思考のみが、今の葉月を支えていた。
 教師という重圧が、逆に支えになっていた。
 だから、まだ事態に対し冷静ではあった。
「……先生?」
 生徒の声を聞くまでは、それでも持っていたのだ。
「神栖……」
 呼び掛けとともに入ってきたのは、自分の生徒だった。左手には、何やらビニール袋を手提げている。あの母親よりは余程話しやすい反面、全く逆の意味で話しにくい相手でもある。
「……なんだ?」
 神栖は目を背けたままビニール袋の中から紙袋を渡した。中身は、どうやら薬……みたいだが、意味がわからない。
「お薬、です。……安定剤と、睡眠薬。あと栄養剤です」
 言葉はあまりに辛そうで、実際会ったら罵倒も慰めも、言葉は全て声にならず、意味はなかった。
「今、何時……何日の何時だ?」
「朝の九時を過ぎました……昨日のことは、昨日です」
 あの、狂った悪夢は、まだ昨日なのか。
「……これは?」
「だから、薬……」
「じゃなくて」
「……みーちゃん、きっと何も食べられないだろうから……お薬は、先生の分もあるですけど。栄養剤は、みーちゃんの分です」
 残るビニール袋を床に置く。レトルトやカップめんが目に付いた。
「その、先生何好きかわからないですから……」
「いいよ」
 何も食べられない。それより大事なことがある。
「ここから、出して欲しい。俺も、水瀬先生も」
 ぴきり、と何かが折れそうな、それを隠そうとしてさらにヒビが入ったような、奇妙な顔で、
「ダメです」
 拒絶、した。しかし、
「まだ、ダメです」
「……まだ?」
「お母さんが、ダメだって……」
「神栖、それは」
「でも!!」
 教師の説得は、生徒の叫びに遮られた。
「絶対、絶対……お母さん、説得します。説得、するですから……」
 泣き出しそうな、震える声。
 けれど。ヒビだらけの顔は、漂白されたかのように何もなくなっていた。
「……神栖」
 信じているのか。本気で。
 あの女が、葉月真司や水瀬奈津美を生かして帰す選択を、するわけがない。自分の達が見たモノを考えれば尚更、
「うっ……!」
 胃液が逆流する感覚。吐けるものは全て吐いているのに、それでもまだ、胃液は喉を焼く。
「先生っ!」
「……帰れ」
 拒絶、する。いま、なにか考えると、いしきがとんで、なにするか、わからなくなってて、
「た、のむか、ら」
 この感情は、恐怖を超えたもの。
 ――あの《怪物》にあまりにも似ているこの生徒は、
「かえれっ」

 あの《怪物》の子供。
 あの《怪物》と共に、生かしてはいけない。

 ――人影が、見えなくなってた。
 葉月真司は自分が何を思ったのか自覚できず、見えなくなって、ただただ安堵した。


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