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無味乾燥
【ショートショート その他小説】

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無味『偽』燥-2

『最期の時』

 天気の良い日の午後だった。縁側にでて太陽の光を浴びていた。自分はもう長くない。それは近藤さんのことと同時に悟っていた。でも、武士として死にたい。その想いが強かった。

季節外れの白椿は花を咲かせ、それに黒猫が登ったり、降りたりを繰り返していた。その光景はとても微笑ましく見えた。

木々の隣にぼんやりと何かがいる。それはなんなのかわからない。だが、何度も何度もまばたきを繰り返すと、はっきり見えてくる。それは過去の自分。だんだら模様の羽織、独特の構え。それはいるはずのない過去の自分。それは刀を何度も横に揺らし、挑発してくる。かつて不逞浪士や勤皇志士を取り締まるときに使った自分しか知らない挑発方法。もう使う事はないと思っていた愛刀を鞘から抜き、構えた。挑発にのったわけではない。気になったのだ。あれは蜃気楼か、幻影か、はたまた、別のものなのか。それが気になった。

予想以上に刀が重くなっていた。重さに耐え切れず刀を降ろしてしまう。ここまで自分の力は衰えてしまったのか。

しかし、相手――過去の自分はそんなことお構い無しに突いてくる。上段、追い討ちをかけるように中段、そして、下段。避けるのが精一杯。そう思ったのが間違いだった。左手首から大量の血が吹き出る。中段をもろに食らっていたのだ。

これで左手首は使えない。こんなにも自分は弱くなっていたのか。叫びにならない言葉が胸を締め付けていく。そんなとき、思い出した言葉があった。それを言ったのが近藤さんだったか、土方さんさんだったか、山南さんだったか、もしかすると斉藤さんだったのかもしれない。

――自分に打ち克った者はさらに強くなる。――

何で今なんだ! また叫びにならない叫びが体を蝕んでいく。これ――自分との勝負がもっと早く来なかったのか。だが、自らを卑下している時間はなかった。

だから、残った右手で刀を持ち、振り回す。それはもう剣術と呼べるものではなくなっていた。自分がこんな危機に陥ったことが無かったからだ。いつも相手の一歩上にいる。それが自分だったはずなのに……。

振り回しても、相手はギリギリのところで避けそのうえ蔑むような笑みを浮かべる。自分が一瞬でも気を抜くと、やられる。そう思った瞬間、刀が弾かれ、地面に刺さった。そして、過去の自分は今の自分の首に刀をあてる。その気になれば、お前を殺せるぞ、そういう行為。無言の殺意、そのものであった。

この場に来てようやく気付いた。自分との勝負とは自らの弱いところを知ることである、ということに。自分が病気で死にそうという、神様からの皮肉が込められていたが……。

感覚が鋭くなる。空気の流れさえ反応できるようになっていく。いざ首を刎ねん、その一瞬の動き見逃さなかった。二、三メートル離れた刀のところまで動き、地面から抜き、また構えた。もう左手首の痛みなどなかった。

「新撰組一番隊組長! 沖田総司! いざ推して参る!」

永倉さんや原田さんがよく使っていた口上。それを真似し、一歩を踏み出した。自分の身体ではないように、現役の時よりも速く、そして、力強く斬った。

斬った感触などはなかった。しかし、自分に勝った。その想いだけは確かにあった。だが、その想いとは裏腹に、大量の吐血。地面に落ちた白椿は真っ赤に染められた。まるでそこに最初から白椿など無かったように紅に染め上げられた。

死ぬんだ。それはわかっていたこと。でも、武士として死ぬことが出来るんだ。その充実感でいっぱいだった。だが、心残りもある。今だに戦っている土方さん達、そして、新撰組だ。だから、死ぬゆく最後の瞬間に願った。

「土方さん、新撰組を、お願いします…………」

End


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