春告鳥 2-1
僕らはホテルに入った。
今の彼女を連れていくのに迷いもあったが、二人きりで話せる所は他に思いつかなかった。
コートのポケットに入った『下心』が後ろめたい。
彼女が嫌がるなら、入らないつもりだった。
彼女は逃げだしはしなかった。
だけど、それは彼女の意志ではない。それぐらいは分かる。
手を引かれるままに歩いているだけだった。
僕は鍵をとると部屋に向かった。
部屋の中は暖かで、上着を着ていると暑いぐらいだ。
「コートを」
そういって手を差し出すと、彼女はゆっくりとした動作で脱ぎ、僕の手に渡してくれた。
「すみません、こんな所へ。2人きりで話がしたかったので」
2人分のコートをハンガーに掛ける。
彼女はその場に立ったまま。まるで抜け殻だ。
僕が手を引いてソファーに連れて行くと、彼女はゆっくりと座った。
「下心がないと言えば嘘になるんですが、このままお帰りになってもかまいません。」
なるべく穏やかに。僕はおどけるように言った。
息苦しく感じて、僕はネクタイを緩めた。かなり緊張していた。
「いえ。私こそ押し掛けた上に、取り乱してしまって。」
冷蔵庫には烏龍茶とオレンジジュースとビール。
烏龍茶を彼女の前に置いた。僕はビールのプルを開け、彼女の横に座った。
「今日は北野さん、呑まれない方が良いようですから」
「私…」
なにか言いかけて、止まる。
沈黙。僕は彼女が再び話し出すのを待った。
「…ゴメンなさい。混乱しています。」
「いえ」
彼女はそれだけいうと、烏龍茶のプルを開けて口をつけた。
「私…病院に行ってアフターピル、もらって飲みました」
「え…」
僕は思わず彼女の方を見た。
アフターピル。聞いたことはある。避妊に失敗した際に飲む薬。
それ以上は知らない。
なんてこった。ヤルことだけやって彼女は捨てられたのか。
真っ直ぐに前方を見つめる彼女は背筋を伸ばしていて、美しくも痛々しい。
あまり見つめるのも失礼かと思って視線を落す。
彼女の袖口から見える手首が黒っぽい。
袖の影かと思ったが。違う。