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男性には向かない職業
【純文学 その他小説】

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男性には向かない職業-3

 手術日となり、少女は何の色気もない手術台の上で下半身を露出し股を広げた

 頚管(けいかん)を拡張し、まだ成長していないモノを吸引器で吸い取る。
 子宮内に傷を付けることもなく無事全てを摘出し、手術が終わった。
 ごくたまにだけど、頚部に傷をつけるアホ医者がいる。出血しすぎて輸血しなきゃいけないわ、すぐに退院できないわ、子供が産めない体になってしまうわで、ろくなことにならない。
 だから、何事もなく終わって良かった。
 少女を一・二の・三っ! でストレッチャーへ移す。
「手術用具、洗っておいてね」と先輩は女の子を運び出す傍ら、私に声をかけた。
「は、はい」
 何となく、先輩の物言いに薄ら寒いものを感じた。
 先輩が消えると、手術室には私一人だけとなった。
 ……うう。気分的なものだろうけど、なんとなく生臭い。

 洗う――器具を洗う。台座を洗う。残り滓を水に流す。
 ここでは何もありませんでしたよ〜と念じつつ、血液をあまり凝視しないようにしながら私は後片付けを進める。血液に混じる固形物が『何なのか』を想像すると、えぐえぐ、と喉もとに酸っぱい塊がせり上がってくる。
「わ、私は普通のお片付けしていますよぉ〜」
 しんと静まりかえった手術室内部に、私の震える声は寂しく響いた。
 あらかた洗浄が終了して、残るはなるべく目に入れないようにしてきた医療器のみ。
 子宮内から取り出したモノが入っている吸引器に、恐る恐る手を触れる。
「……やっぱりこれも洗わないといけないんだよねぇ」
 戸惑っていても仕事は進まないので、「よしっ!」と気合いを入れてから吸引器を開く。
 むせ返る程の臭気が鼻腔を一気に通り抜ける。
 中は、血の海だった。
 どす黒い塊が、吸い出された勢いのまま、内部に付着している。
 見たくないと思っているのに、目が言うことを聞いてくれない。

 ――中には、
 吸い出された親指大の人型があった。
 ――中には、
 五本の指が、大腸が、小腸が、心臓が、脳が、へばりついていた。

 耳を圧迫する血流の音が、すごくうるさい。
 …………嘘、でしょ?
 息が苦しい。
 鳥肌が全身に立ち、針を刺すような痛みを発する。
 脳天から落ちる血液が冷たく下へ駆け抜ける。
 えぐえぐと、酸っぱいものがせり上がる。
 何度も唾を飲み込んで、それを押さえ込む。
 ゴクリという音が、誰もいない部屋に響いた。
 私の見間違いではない。
 いくら目を瞬かせても、ばらばらになってはいるけど、生きている人間を秘密道具でそのまま縮めたような物体が、そこにあった。
 小さくても、しっかり人間だった。
 人間にしか、見えなかった。
 お腹の中にいる子供の成長過程は、医学辞典の写真をもって知っていた。
 けど、まさか十週前後でここまで育っているとは……。
 でもどうしてだろう、堕胎した子供がこんなにリアルだなんて、学校の先生は誰一人教えてくれなかった。
『洗っておいてね』
 つまり、水に流す。
 全てを洗い流す。
 親指大の塊が、
 バラされ水に流れる。
 病院の医療排水として処理される。
 産れ出ようとしていた命が、
 無かったことになる。
 けれどあの女の子の人生には、
 ずっとこの、処理された見たことのない、
 産めなかった子供の幻影が付きまとう。
 私、こんなコト、したかったのかな……。
 赤ちゃんを水にバラして流す仕事をしたかったのかな。
 助産師って、こんな仕事なの?
 お腹の中にいれば、数ヶ月後には人間として誕生できたはずなんだよね。
 生きて、育って、笑って、泣いて、大きくなったんだよね。
 私はモノを直視する。
 無言で処理をする。


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