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深淵に咲く
【純文学 その他小説】

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深淵に咲く-9

上手にピンスポットが点る。
「もうそろそろ天国に着くんだな……。村に残るって言った奴らは頭が悪い。新しい良い考えを積極的に取り入れなきゃ駄目だ。まったく、俺達のように賢く生きなきゃ――」
槍を持った人影が村人Aの前に現れる。村人Aは慌て、両手を大きく広げる。
「…………どういう事ですか? 俺達は天国に、ここは天国だって聞いたから!」
人影が村人Aに音もなく近づく。手を人影へ向けめいっぱい伸ばす。
「やめろ……死にたくない! やめてくれ!」
槍で村人Aの胸を突き刺す。村人Aの絶叫。
それを聞きハナは耳を塞いだ。
ピンスポットが下手へと移る。
「外に出て行った奴らは知恵がない。俺達はここでしか生きられないのに。古くからのしきたりでそう決まっている。例えここが地獄であっても、俺達が生きていれば、いつかきっと外の奴らを追い出す機会が――」
槍を持った人影が村人Bの前に現れる。村人Bは立ち膝の状態で唖然としている。
「…………え? どういう事だよ、これ」
人影が村人Aに音もなく近づく。
「村人を先導し、謀反を起こそうと画策していただって? どうしてお前達がソレを知っている! もしかして、俺達の中に裏切り者が? ……まさか、そんな!」
槍で村人Bの胸を突き刺す。村人Bの絶叫。
ピンスポットが中央に点る。
ハナは耳を塞いだままうずくまった。
「もういやだ、もうやめて! お願い……誰も死なないで、誰も殺さないで!」
妖精の声が聞こえるが闇に隠れて姿は見えない。
「クスクス」
「クスクス」
「もうやめちゃうの?」
「もう進まないの?」
「もう、前が見えないよ。……暗いよ。怖いよ。もう、進めないよぅ」
「あともう少しなのに」
「残念だなぁ」
「ハナは、一体何を求めてここに来たの?」
「ハナは、何故歩いていたの?」



ハナ役の茜が、台詞を言えずに必ず止まってしまったシーンへとやってきた。
ここまでの舞台のできは大変良く、子供達の集中力も途切れた様子はなかった。観客も固唾を呑んで舞台を見守っている。演劇として、全てが非常に良い状態だと言えるだろう。それだけに、茜が台詞を続けられない事によって、ここまで安定してきた舞台が台無しになるのは非常に勿体ない。
例え、彼女が本番で台詞を言えず止まってしまったとしてもいいように、美優はあらかじめ打ち合わせをしていた。
――でも、止まらないでほしいなぁ。
この舞台には、美優が伝えたかったものが全て込められている。それは、子供達に対してでもなく、客に対してでもない。
美優は自然と体が硬くなってしまった事に気づき、深呼吸をして脱力させた。
隣にいるシスターをちらり伺うと、呼吸が止まっているのではないかという程、微動だにせず舞台に見入っている。他の人達も彼女と同様に舞台を見守っている。
そんな観客達の姿を見て、美優は祈らずにはいられなくなった。
――お願いします。全て上手くいきますように。
美優が祈るように汗ばむ両手を合わせた時だった。
「ったく、これを脚本に選んだ奴は誰なんだよ。子供達にやらせるような内容じゃないだろ!」
美優の隣にいる男性がホール全体に轟かないまでも、十分に大きな声で悪態をついた。
それを聞いた観客は声を発した男性へと一斉に視線を向けた。
視線の大半は『静かにしろ』というものだったが、その中に、彼の声に賛同するような視線も含まれていた。
「……全くだ。子供に生き死にの話しは早い。この脚本を選んだ奴は趣味が悪い」
老いた男性が小声で同調した。それに美優は体を震わせた。
脚本を書いたのは紛れもない、美優自身なのだ。
最初に悪態をついた男の回りで、脚本に対する批判が囁かれだした。


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