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深淵に咲く
【純文学 その他小説】

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深淵に咲く-8

下手にいた村人Bがハナへ話しかける。
「ハナちゃんは、この村に残るんだろ?」
「いえ、まだ決めてないです」
「だったら絶対に森の外へ出てはいけない。外から来た人間は天国だって言ってるけど、そんなの嘘っぱちさ。天国についた瞬間裏切られて、永遠と重労働をさせられるんだ。ここと同じで、体に無理がたたって死ぬ奴だっているだろう」
「つまり、内と外のどっちを選んでも地獄だって言うことですか?」
「まあ、そうだな。だけど天国を選んで裏切られるよりも、最初から地獄を選んでおいたほうがいい。心が、違う」
「心……ですか?」
「そう。天国へ行って地獄に堕ちた奴らは心が折れちまってるだろうね。村の掟を破って出たのに、天国じゃなくて地獄に着くっていうんだから。……かわいそうに。どっちが地獄かって言うなら、森の外に出て期待を裏切られた奴らの方が、地獄かもしれないね」
下手のピンスポットが消え、上手に点る。
「ハナちゃん、それは嘘だよ。誰も死んではいない。外は天国なんだ。その証拠に誰一人帰ってこないだろ? それは向こうが天国だからさ。内部に留まった、昔の生活を変えられない老人達の僻みだよ」
上手のピンスポットが消え、下手に点る。
「それは嘘だ。みんな重労働に科せられて死んでいるから、戻って来たくても戻ってこれないんだ! 若者はみんな昔からの知恵が無いから、外から来た奴らにいいように騙されてるんだ」
上手と下手にピンスポットが点る。
村人AはBを、村人BはAを指さす。
「「嘘をついているのは向こうだ!」」
両方のピンスポットが消え、中央に点る。
「……内を選べば地獄。外を選べば天国という名の地獄。選ぶ答えは違うのに、どうして結末は一緒なの?」
ハナはうずくまり、両手で頭をかかえる。
「私は選びたくない。どっちも、どっちも嫌だ。地獄なんて行きたくない。まだ……死にたくない!」
ハナがすすり上げると、上手と下手からそれぞれ「クスクス」と小さく笑いながら少女が二人飛び出した。
緑色のタイツに半袖、所々に葉を模した文様が小さく描かれている。頭には月桂樹で作られた装飾冠(リース)が乗せられている。
「こんにちは、ハナちゃん」
「あなた達は? どうして私の名前を知っているの?」
「私たちは森の妖精。私たちは何でも知っている」
得意げに胸に手を当てる。別の妖精が話しかける。
「どうして、ハナはどちらも選びたくないの?」
「私はまだ、まだ死にたくない。地獄へなんて行きたくない。こんなの嫌だ。今までの穏やかな暮らしを続けていたかった。どうして、それができないの? みんなはどうして言い争うの? 昔は、もっと仲が良かったのに……。昔に、戻りたいよ……」
「昔には戻れないわ」
「いやだ、戻りたい!」
「ハナはどちらかを選ばなきゃいけない」
「……いやだ、選びたくない」
妖精AとBは「クスクス」と笑い、ハナの回りを飛びまわる。
「仕方ないわね。ハナの為に一つだけ道を用意してあげる」
「……ほんと?」
ハナが顔を上げると、舞台の照明が消える。
妖精が後方を指さすと、ホリゾント幕に光の道が灯される。
妖精二人の姿が闇に溶け込んで見えなくなる。
「本当よ」
「これより進んだ森の奥」
「光の届かぬその先の、黄昏に花が咲いている」
「それに願いを捧げると、何でも夢を叶えてくれる」
「だけど、辛い道になるわ」
「振り返っちゃいけないの」
「たとえどんな事があっても」
「見ても」
「聞いても」
「触っても」
「振り返っちゃいけない」
「それでも……」
「「あなたはこの道を選ぶかしら?」」
妖精二人の声が重なる。その声にハナは頷き返す。
ハナは立ち上がり歩く。
場は一筋の小さな明かりしかない。
恐る恐るハナは暗がりを歩き、時折躓いて転んでは、立ち上がりまた進む。


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